歌物語「馬懸けの松」

むかし、東照大権現大坂をたひらげたまひしとき、道に大和の国を過ぎたまひけり。

斑鳩に法隆学問寺とて上宮太子のひらきたまへる古刹ありけるを本陣にて、つはもの

どもあまた具してとどまりたまひけり。そのゆゑは、大和に中井うぢとて世に聞こえ

たる匠のありけるを、大坂の城普請にて太閤殿下の召しつかはせられければ、城の

作り、構へを知ること掌をさすがごとくなりけるあひだ、引き具して城攻めの謀せむ

とおぼしめしけるによれりとなむ。そのみぎり大権現のおはしましける塔頭は阿弥陀

院と申しはべりしが、のち火にかかりて焼け失せにけり。御馬の手綱結ひかけたまひ

し松のみ「馬懸けの松」とて常住の青きをとどめたりけるに、つひには老いて枯れた

りければ、小松を植ゑてのちの世の形見とはしたるなりけり。われ若かりしころ、

阿弥陀院のあとにすこしき庵結びて行ひすましける法師の、栗むきつつ物語したまひ

しこそ、昨日のごとくに覚えられて、いとあはれ深かりけれ。

 馬懸けの松吹く風よ 押し照るや浪華のことは夢と告げこせ

 古のもののふの世ぞいと遠き われ風流人士(みやびを)と栗はみをれば
 



●記録者 堂島屋 [202.250.240.254]
●記録日 03/15(日)20:41

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