歌物語「栗須磨のいへづと」

むかし、いと睦まじきをとこをむなありけり。かたみにあはれと思ふ志深かりけむ、
はかばかしき親せうともなくて、ほいならぬことのみ多かりけれど、あだし人には
つゆ靡かで、年ごろまめやかになむ暮らしける。女、うるはしき黒髪を持ちたり。
男、めで愛(かな)しむこと限りなし。

さるに、年もはや師走になりけらし。この国、師走には栗須磨(クリスマス)とて
古の聖をまつる節会ありけり。思ふどち贈物(にへ)をやりとりして、ねむごろに
訪ひかはすことなむ、古きならひなりける。男、妻のために玉櫛のひとつも得て
しがなと思へども、あたひなし。思ひ困じて心いぶせきままにぞ過ぐしける。
ある日、男、宮仕へよりまからむ道、たちまち晴れやかに笑ひにけり。心に思ふ
やう、吾が持てる黄金の時計を売りて、値を取るべし、あなうれしや、玉櫛こそ
得たるなれ、と思ひけり。

かくて栗須磨の日となりぬ。男、玉櫛をおこして妻にいひけるは、今年もはや暮れ
むとす、八百万の神の後ろ見あれかし、さればとよ、よき玉櫛とらせむ、なむぢが
黒髪にこそつきづきしけれ、とぞいひたりける。女、打ち驚くことなのめならず、
さめざめとかきくどきていふやう、吾が背の君、かかるいみじき玉櫛は如何にして
得たまふぞ、よも盗みたまひしにはあらずや、あなうたて、あたら五戒を背きて
罪つくりたまはむとは、とて泣く。男、笑ひていふ、ゆめな疑ひたまひそ、われは
盗まず、この櫛は吾が時計をあたひにてこそ得たるなれ、といへども、女、なほ
泣きやまず。あやしがりて故を問ふに、女のいはく、われ栗須磨のつと求めむに、
背の君のよき時計持ちたまへりければ、髪を切りて黄金の鎖をなむ得たりしに、今
時計すなはちなし、また、吾が髪すでにあまそぎなれば、いかで玉櫛をつかはむ、
と思ひて泣くなり、といひけり。

男、胸ふたがる心地してともに泣きてよめる、

 八百万 神は多けど 吾妹子が 髪にあらでは 梳くべくもなし

女、かへし

 好く好かぬ 君が心の ひとつにぞ 吾が玉の緒の いのちあづけむ

かく歌よみかはしてなむ、かたみにますますあはれがりて、よのなか濃やかに

わたりたりけるとなむ。










●記録者 堂島屋 [202.250.240.254]
●記録日 04/10(金)17:51

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