「小さき声」 目次


 小さき声 No.145 1974915日発行

松本馨 

変 革

 聖書は、体制の変革を求めている。このふるき世界が亡び、神の支配による新時代の待望がそれである。終末的世界を預言しているのもそれである。

 しかし、聖書の中心は、体制の変革を外に求めているのではなく、内である。「人は新たに生れなければ、神の国を見ることが出来ない」とイエスが言われたのもそのためである。第2コリントのパウロも言った。「人もしキリストにあらば、新たに造られたるなり。ふるきは過ぎ去り、見よ新しくなりたるなり」。ここでは体制の変革が、外でなく内に求められている。しかし、こう言う言い方は正確ではない。厳密な意味で変革は、内にではなく外にある。それは、他者なるキリストに固着することで、それが変革なのである。キリストを離れて体制の変革はないし、自己自身の変革もない。キリストに固着するとき、「見よ、古きは過ぎ去り、新しくなりたるなり」。

 私は、自治活動の中心問題として、療養所の変革を求めてきた。多磨全生園は明治42年に創設されたが、その目的は、日本かららい患者を隔離撲滅することにあった。このために所長は、患者を検束する警察権を与えられ、刑務所的性格をもった。

 全生園の周囲は、トタン板の塀で囲われ、その外側には鉄条網が張りめぐらされ、更にその外側に深い壕が堀りめぐらされ、患者の逃亡を防いだ。

 内には監房が建ち、脱走を企てた者、療養規律を乱した者は、情容赦もなく監房にぶち込んだ。療養規律とは、現金を持ってはならないこと、職員に敵対的言辞を弄してはならないこと、許可なしに新聞、その他書籍を読んではならないこと、細かい規定が無数にあった。それを忠実に守ろうとすれば、絶望する外はない。人間を恐れ、動物的感情を植え付けられたのも、こうした規則のもとで人間であることに自信をなくしたことにある。

 更に、日用品費の保証はなく、働かなければ生活出来なかった。そして、園内は患者の労働力によって運営された。患者が看護し、また土地を開墾し、米や野菜を作り、病人に必要な牛乳や卵をとるために家畜を飼った。

 あるいは自分の住む家を建て、道路を作った。自分を監禁する監房を造り、自分の遺体を納める棺を作り、自分の遺体を焼く火葬場を作り墓地まで作った。働かなければ生きて行かれなかったからであるが、その上に絶望的な不治の病気を持っていた。当時は治らい薬もなく、正に天刑病であった。誰か弱りて吾れ弱らざらんや、誰か絶望して吾れ絶望せざらんや。

 私の自治活動は、こうした強制隔離収容所の延長線上にある多磨全生園を、変革することにあった。医療センター運動はそのためであり、こうした運動を私は、患者運動と定義付けた。

 そして今、私の運動は目的に向って前進しているが、私の意図に反して結果は、予期しない方向に向っているように思われる。 

 8月27日より31日まで作業研究委員会が、草津の栗生楽泉園で開かれ出席した。そしてそこで私が得たものは、絶望に近いものであった。開放療養に向っている療養所は大きく変ろうとしている。隔離収容所時代ゼロ支給だった日用品費は、拠出制障害年金と同額の支給を受けることになった。9月よりは月額2万9千25円になる。こうした現実のもとに管理作業は返還し、将来、作業はいかにあるべきか、研究する会であった。私達多磨全生園は、管理作業は全面返還し、作業療法的作業、リハビリ的作業にしなければならない。老後の肉体と、精神の健康のためである。こうした作業は作業賃を要求できないし、またすべきでない。しがし、大多数の療養所は、例えリハビリ作業であっても、管理作業として作業賃を要求することが出来る。自分が住んでいて寮の庭の草を取り、草花を作ることも、本来は施設がすべきであるから管理作業であり、作業賃を要求することができると言うのである。私は、こうした論議に疲れ食欲がなくなり、健康を害した。「死せる魂」のチチコフの会議に出席したような絶望的な会議だったからである。帰路は運転手のHさんの好意で北軽井沢を通り帰園したが、高原の空気に触れ、元気を回復した。

 私が冒頭に書いたことは、こうした絶望的な現実に直面し、療養所の変革は、先ずそこに療養している患者の変革が起らない限り、あり得ないことを書きたかったからである。そしてその変革は、キリストに固着すること以外にない。人間の変革があって始めて療養所の変革が可能になるであろう。人は新たに生れなければ、神の国を見ることができない。例え施設は強制隔離収容所の姿そのままであっても、キリストにあって新たに生れ変った人間であるなら、そこに変革を見るであろう。そこに十字架を見るからである。世俗の唯中に立ち給う主イエスとその十字架を見るからである。彼の立ち給う処、そこは変革の場所であり、新世界なのである。

或る友へ

8月11日

 暦の上では立秋ですが、厳しい暑さが続いています。でも何とはなしに、暑い中にも肌に冷気を感じる季節になりました。

 私は、午前は自治会事務所へ出勤し、午後は安静をとっています。今年は思い切って夏の間、午後の出勤をなくしました。役員の老令化を考えるとき、一日勤務は無理であり、もし私が来年も引き続き会長をすることになれば、半日勤務に切り替えてしまうでしょう。私自身の体力から判断しても、それ以上無理だからです。

 それにしても、午後の安静をとるのは、何年振りでしょうか。自治会に出るようになってから、安静をとる時間はありませんでした。安静をとりながら、いろんなことを考えます。その第一は信仰のこと、自治会のこと、死のことなどです。医療センターが決定的となった今日、私の自治会使命は終ったように思えてなりません。それと共に、医療センターに対して空しさを感じるのは何故でしょうか。らい療養所の歴史的現実を直視するとき、センターがどれ程の意義をもつか、考えるからでしょう。更に、全生園の医療の実態と医師の年令構成を考えるとき、木枯しのようなものが私の胸の中を吹き抜けてゆきます。若い研究熱心な医学者を多く迎えない限り、全生園のセンターは形骸のみになってしまうでしょう。医局スタッフのセンターに対する意欲については、私の眼には充分に思われません。

 こんな筈ではなかったのに、と反省しています。そして、私の脳裏に去来するものは、残りの人生を如何に福音のために持ち尽すか、と云うことです。小誌に集中することも、福音のためであり、自治会活動を倒れるまですることも、福音のためであり、生きることも死ぬことも福音のためです。

 安静の中で折に触れ、死について考えます。年の故でしょうか。非常に近くに感じます。死を考えるとき、地上における私の一生が、第三者が見て悲惨の一語につきるとしても、十字架に固着する限り、恩恵溢るる一生であったと言えましょう。そうではないでしょうか。 

 一体、信仰とは何でしょう。信仰は、あくまでも人間の側の問題であり、主体的決断でしょう。若い頃、私は信仰とは棚からボタ餅式に何もしないで、上から与えられるものと誤解しました。信仰に依る義をそのように考えたのです。何かすることは律法であり、何もしないことが義認の信仰であると思ったのです。

 しかし、信仰はある意味ではこれ程、我欲な利己的なものはないでしょう。自己自身の救いのみを考えるからです。それ故、私は、信仰はある意味では他人をはねのけ、犠牲にしてでも救われたいと願うだけの強烈なものを、持ってよいと思っています。救われるためには、地獄を覚悟する位の決意が必要ではないでしょうか。こんなことを書くと、あなたはキリスト者は皆、そうなのか、浅ましいと嫌悪されるでしょう。事実、私達の心を見ることが出来るなら、あなたが嫌悪されるよりも、もっと、さむざむとしたものでしょう。そういう人間なればこそ、救われたい、と願うのです。

 信仰は、主体的決断であると書きましたが、信仰があくまでも人間の側にとどまっている限り、聖書のいう信仰にはならないでしょう。それはあくまでも、人間の側の努力であり、本質的には御利益宗教と変りません。聖書の信仰と、御利益信仰との相違は、神と人との間に、中保者が立つか立たないかにあります。

 あなたは、12年血漏を患っていた女が、群集の中から「その衣だに触らば救われん」と念じ、イエスの後から衣に触った女のことを御存知ですか。イエスの衣に触ると病気は忽ち癒えましたが、「その衣だに触らば救われん」と念じ、イエスの衣に触ったのは、この女の信仰的決断でありましょう。私が他人を犠牲にしてでも救われたいと願う信仰を言ったのは、この女の位置に立つことです。女は、病気を癒されたい熱心から、群集を掻き分け必死にイエスに近づいて行ったのでしょう。場合によっては群集を突きとばし、押しのけて行ったかも知れません。信仰が人間の側の主体的決断であると言ったのは、このことを意味します。でも、このところにとどまる限り、それは聖書のいう信仰ではなく、御利益宗教でありましょう。主体的決断が聖書のいう信仰となるためには、次の出来事が必要なのです。イエスは、自分の体から力が出ていくのを感じ、自分に触ったのは誰か、後を振り返りました。そして、自身に起ったことにおののいている女に眼を止めて言われました。「恐れるな女よ、あなたの信仰があなたを救ったのだ」。つまり、信仰は、神の側の確認が必要なのです。確認とは、「あなたの信仰が、あなたを救ったのだ」と言われたイエスの言です。この確認に依って、人間の側の主体的決断に依る信仰が、神の側の主体的決断に依る信仰に転換します。イエスの受肉と、十字架による死は神の主体的決断であり、イエスの信仰をそのまま、人間の側の主体的決断に依る信仰となすためでした。信仰に依る義とは、十字架の義を刻印されることでありましょう。

 私は、信仰を人間の側の主体的決断と書きましたが、イエスの「あなたの信仰が、あなたを救ったのだ」の確認がない限り、真に信仰とは言えません。この確認を私達はどこでするのか。それは、十字架の一点においてであります。其処以外に確認はないのです。

 今日は少し理屈っぽいことを書きましたが、安静の中に思っていること、考えていることを書きました。残暑厳しい折から御身大切にして下さい。

 御平安を祈ります。

 

療養通信

 多磨全生園のセンター化に伴って、医局内部の動きや、地方施設の動きが見られます。

 医局内部の動きとしては、8月23日に多摩研とセンターの性格付けについて、医局が話し合います。医局というより、施設全体の話し合いといってよいでしょう。これには、大谷療養所課長が出席することになっています。この結果については、注目しなければならないでしょう。患者自治会は、医局の主体性を重んじ、協議に参加するつもりはありませんが、患者の意志が反映されるように期待します。患者自治会の意向と甚しく相違した結論が出れば、改めて両者に申し入れることになるでしょう。しかし、そのような心配は全くないものと確信しています。医局内部に、センターは全国的なものであり、所長連盟が考える性質のものである、と言う意見があるようです。更にまた、その整備予算は、多磨の整備予算でなく別枠の予算で整備しなければならない。そうでなければ多磨は、センターの犠牲になってしまう、と言う議論です。

これは正論ですが、センター実現のために、何もしない人の観念論に過ぎません。こうした遊戯的な論理の遊びは、徒らに園内に、不満と混乱を引き起すだけです。

 私達と一緒にセンター化運動を進めて来たならば、こう言った論理は出来ない筈です。所長連盟については、過去に何回か多磨のセンター化について、苦杯をなめさせられています。所長は、日本全体のことを考えて行動することはありません。自園の整備が優先し、多磨の果しているセンター的役割に対して評価しません。所長連盟は、過去何年か給与金の問題にすべてを使いはたして来た、といってよいでしょう。全患協の運動が、日用品費にしぼられていたためで、日用品の運動だけしておれば、所長連盟は、全患協の全面的な支持が得られるし、自園の患者からは感謝されるからです。所長連盟は、福祉のこと以外、何も考えていない、という批判が医療関係者から上ったのはそのためです。事実、所長連盟は、その上にあぐらをかいていた、と言ってよいでしょう。福祉優先の政策をとっていれば、患者の支持は得られると・・・。

 しかし、自用費方式の日用品費(拠出制障害年金額にスライドする)の制度が確立したのを境に、患者の心が百八十度転換し、医療に向っていることに所長連盟は気付かなかったのです。医師の老令化と欠員によって、各施設の医療危機は深刻でした。自用費方式によって満腹した患者は、ふとその目を医療に向けたとき、その深刻さに驚愕しました。それが今年の5月、愛生園で開催された第21回支部長会議であり、全患協は、福祉優先の運動から医療優先の運動へと、百八十度の転換を余儀なくされたのです。こうした事態に気が付かなかった所長連盟は、厚生省会議室で、厳しい批判を私から受けることになったのです。事情を知っているだけに、同情も出来ますが、福祉にすべてを捧げて来た所長連盟に、百八十度の転換をせよ、と言っても年令的にも無理です。高島、志賀に依る所長連盟は、自用費方式に依って、その使命は終ったと言ってよいでしょう。若い所長に会長の席を譲り、その若手の所長に依ってセンター問題を取り上げるならば、その可能性はありますが、現実に、所長連盟の新旧交替は望めません。こうした所長連盟に向って、センターは所長連盟が考えるべきだ、と言う議論は現実を知らな過ぎると言ってよいでしょう。それは、センターについて、苦しんだこともなければ、考えたこともない人間の観念なのです。

 センターの整備予算についても同じことが言えます。らい療養所の整備予算は、49年が、8億8千万です。この内の大きな額が、沖縄とセンターにとられます。その残りの額を平等に、多磨に配分して貰うとすれば、全患協そのものが、多磨のセンター化に反対するでしょう。各園とも、居住の整備に追われ、看宿、官舎の整備に予算を回すことが出来ないのが現実です。看宿、官舎は、人の住む家でない、と言われるほど荒れています。こうした実状を考えるとき、センターは別枠で、一般整備予算は、平等に配分せよと要求することは困難なのです。センターを一番利用するのは、多磨の患者であり、その点からも、ある程度一般整備予算で犠牲になっても、忍ばねばならないでしょう。それは、犠牲というより、長い目で見れば、多磨が最大の恩恵を整備の面でも、受けたことになります。

 こうしたことも、予算獲得に苦しんでみなければ分らないことでしょう。信仰についても同じようなことが言えないでしょうか。律法の是非を論じる場合、それが空しい議論になるのは、隣人のために苦しむことをしないからです。真に隣人のために苦しんでいるならば、それは、律法の問題ではなく、信仰の問題であること知らされるからです。隣人を愛し得ない自己の不信が、そこでは問題となり、その不信の唯中で、十字架を知らされるでしょう。十字架は神なき不信の唯中に立っているからです。