桃李歌壇  目次

伏したる水

連作和歌 百首歌集

 

6701  ふと出づる馥郁たりし思ひ出は伏したる水の出づるごとくに  蘇生 731 0513
6702  長かりし旅の終りの夏の野に伏流の水いのち溢るる 真奈 81 1943
6703  母病んで君への電話気後れり真夏の恋は逃げ水のごと 鮟鱇 81 2121
6704  蜩の三部合唱佳境なり夕べの膳の整ふるころ 雛菊 81 2121
6705  蝉ひとつ病みし智恵子の掌に生れて青き空恋ふ折紙の色 真奈 83 0919
6706  あたたらの空を恋ひにき智恵子なりいたみし生涯 才を思へり  れん 83 1752
6707  名なぞなき市井のひとりひとりとて秘めた才あり艶な生あり  蘇生 84 1911
6708  バクダンや米櫃掠めぽんあられ盗む才ありなにより甘味 海月 86 0959
6709  はっきりと原爆投下の年月日答ふる孫と蝉時雨聴く  文枝 86 1758
6710  決然と広島市長の声高くいまだ戦さの止まぬ世を衝く 真奈 86 2036
6711  わが裡につね新しき悲しみの『わだつみの声』『とこしへの川』 かわせみ 87 0924
6712  グラマンの爆音うなる低空に兵士が見えた十歳の夏  蘇生 89 0604
6713  被爆の手突きあげられし闇の中青き燐光したたらせつつ 真奈 89 1239
6714  黒き川ほたるのいたよ黒き空さくら橋などけして渡らぬ 海月 810 0951
6715  長崎の聖母の瞳失せしとかその業為せしキリストの国 白馬 810 1324
6716  被害者としてのみ語る加害者よ吐き捨つるごと恨[はん]の友言ふ  丹仙 813 1223
6717  異議のありやぶさかでなし加害者は酒酌む朋はいかにとやせむ 海月 814 0426
6718  いつの世も爆弾落とさる民に拠りのり超えゆかむ民族の壁 真奈 814 1659
6719  地べた見ぃ裸電球オモニアリラン恨など云わず裳裾擦り切れ 詠人知らず 814 1726
6720  はるばるとわが世にも寄す土用波ここに砕けて白く果てなむ  蘇生 814 1901
6721  尹東柱の詩に聴き入る敗戦日六十年前我は小三  文枝 816 1830
6722  吹き晒す風の痛みよ天の星見上げて汝[なれ]の誓ふ十字架  丹仙 816 2301
6723  八月の星のまたたく延暦の歌舞に祈るや最澄入寂  蘇生 819 0512
6724  またたきを幾つしたるや歳月ぞすぎゆきかくも永らえきたり  れん 821 0323
6725  プロメテの眼のうるみをり花うばら昭和の馬の冷やされぬまま 真奈 822 1328
6726  昭和にはあれこれあるも平成は平成りまどかに太る馬鈴薯 鮟鱇 825 0741
6727  君去りて四年になりぬこの秋も馬鈴薯の花白く咲きけり 弁慶 826 2258
6728  ジョッキ持つ腕絡ませて学生歌ジャーマンポテトの皿も踊るよ 真奈 828 0555
6729  わが声も轟く歌声喫茶店カチューシャの歌懐かしきかな 弁慶 828 1015
6730  眼前のドンコサックの歌声に打ちのめされた半世紀前  蘇生 829 0525
6731  「ともしび」のにぶき光に額[ぬか]あつめ夢みたること若かりしこと かわせみ 829 0818
6732  「きーよ」でジャズを聴きました「ともしび」は学ラン脱いだ中学のこと 海月 829 0843
6733  歌あらば千代に八千代に集ひ来て星ら輝く銀河の岸辺 鮟鱇 829 0920
6734  還暦をはるかに過ぎし男らのメンネルコールの響きよ夢よ  蘇生 829 1053
6735  還暦は瞬く間に過ぎにけり余命幾許神のみぞ知る 弁慶 829 2327
6736  瞬けば孫もひ孫も増へにけり種に起源あり爺[じい]に週末 鮟鱇 831 2143
6737  一族の傘が干されて膨らんでいざ総選挙どこに追ひ風 真奈 91 1917
6738  もてなしは缶ビールだけと憤る人を見て純ちゃんに一票 海斗 93 0706
6739  ビール缶握り潰しの芝居打つ政人[まつりびと]には愛想尽きたり  蘇生 98 0924
6740  台風の猛威に晒さる被災地の明日こそ守れ期日前投票  文枝 910 0759
6741  妻も子も選挙に行けぬ家長をりみんなに聴いて投ず一票 鮟鱇 911 1202
6742  改革をすれば世の中上手くゆくもう聞き飽きた述べて作らず 弁慶 914 1219
6743  名月は相似し色に現われつ去年に相見し父は逝きたり  蘇生 918 1926
6744  風立ちて風色めきてけふの月遙かに照らせこの国の先 真奈 919 0009
6745  紺碧の空にくっきり満月の強き光に打たれるもよし 雛菊 919 0025
6746  満月は天心辺り北見れば空の彼方に富士の山影 弁慶 919 1215
6747  月こそは天の臍なり雲ながれ白き腹見ゆ眠れる天女 鮟鱇 921 0731
6748  君去りて三年となりぬこの秋も白萩の花野の道に咲く 弁慶 923 0026
6749  新参の父に手向けん草の穂の黄泉にとどけよ初彼岸かな  蘇生 923 1339
6750  山裾に桔梗と野菊あかまんま花咲く果てに君が奥津城 弁慶 924 1122
6751  夕暮れの山裾のむら彼岸花あいをもひつつ帰る途の辺  れん 928 1756
6752  赤でなく咲いてゐるのは桃色の彼岸花ゆゑ望をつなぐ たまこ 930 2023
6753  鉄路錆び風吹き抜ける廃駅の庭に咲きけたるあかまんまかな  弁慶 101 0016
6754  ベッドより庭見る父の好みしは控えめの白銀水引なり 雛菊 101 1234
6755  長生きを悲しむ母の眼先に水引草の紅がさゆらぐ たまこ 102 2320
6756  生きる日々が辛いと母はベッドにて可哀相ねと父の初七日  蘇生 103 1612
6757  一方的にすねて怒つてゐし母が「いい人だつた」と亡き父を言ふ たまこ 104 0610
6758  生きている微かな証ありがたし逝きて命の重みずっしり  文枝 105 0806
6759  日数へと盛りゆくなり花芒黄泉への父の道しるべかな  蘇生 105 0812
6760  野の道の奥に鎮まる我が父の奥津城訪えば蔦紅葉映ゆ  弁慶 105 1650
6761  激動の昭和を生きしわが父の雷なつかし抗ひの青春 真奈 105 2034
6762  雷鳴の轟き渡るダムの里湖底に描く古のあり  文枝 106 0745
6763  さらさらと生きてゆけよと諭すごと彼岸の空に雷が鳴る たまこ 107 1902
6764  青北風に雁の列ゆく空の末来し方われも渡りに似なむ  蘇生 108 0517
6765  雁飛ぶや西行越えし白河の関路を燃やす夕焼けの色  弁慶 108 0645
6766  曇天のままにひと日が暮れてゆく色づく前を楓が伐られ たまこ 108 1558
6767  十月の三日つづきの秋雨に色に出でけりたわわの柿は  蘇生 1010 0633
6768  柿の木を揺すれば数多実の落ちて老いた農夫の喜びの顔  弁慶 1010 0851
6769  明るさは何にも勝る柿の実が時雨にぬれてきらきら赤し たまこ 1010 2048
6770  秋雨が秋波に古りて月はなく老眼鏡に曇る豊頬 深海鮟鱇 1012 0705
6771  秋深む言えどかなしき空洞化この世ののぞみ何処につながむ  れん 1013 0803
6772  悲しみの波の次々押し寄せり朝夕の24時間  文枝 1013 0826
6773  いたわらむ私自身を休もうと決めても心がもはや痛まぬ たまこ 1014 0716
6774  君に飽き来たらば山の紅葉より赤き猿をり我に舌出す 深海鮟鱇 1016 1928
6775  歩をゆるめ視線を上にめぐらして錆びに向いし木々を愛でなむ  蘇生 1017 0834
6776  気づかずに撓めてきたる民の樹よ戦後六十年の黒き領絡 真奈 1017 1201
6777  浸みこんだ雨がぽたんと落ちてくるぽたんぽたんと胸いつぱいに 海月 1017 1706
6778  雨音がフォルテにしげく早暁の浅き眠りを敲きをるなり  蘇生 1018 1139
6779  降りつづく雨は頭蓋を穿つやらん遠き記憶に悲しぶ夜は  ぎを 1018 1301
6780  わが脳に蜘蛛が糸張る秋なれどあしたに晴れらば露は光らむ 深海鮟鱇 1018 2010
6781  蜘蛛の巣が枯れ葉を止めて風のなか寂しいだけの人生のやう たまこ 1019 2110
6782  淋しさは最後のやすらぎつぎつぎに散りゆく秋にただ耐ふ我は ぎを 1020 0002
6783  光あり紅葉が埋む晩節は花の二月にまさらむとこそ 深海鮟鱇 1020 0740
6784  飛鳥川紅葉散る散る淵のうえ恋の終わりのしるしなりけり  弁慶 1020 0917
6785  純愛は「世界の終り」ただ過去の記憶をめくり読みふける日々 ぎを 1020 1031
6786  カーテンを揺らすのは秋の風なれど今が最も良き時とせむ たまこ 1020 1117
6787  カーテンを揺らす秋風身に沁みて寂びしかりけり君去りし後  弁慶 1020 2216
6788  日数へて形見の撥に遠き日の爪弾き思う秋の灯の下  蘇生 1021 0553
6789  金と銀いづれ択むや木犀のかをり姦しもの思ふ秋 ぎを 1021 1100
6790  金銀のいづれ劣らぬ木犀にときに迷うも自然なりけり  蘇生 1021 1859
6791  地におりてなにをかかたる木犀の金と銀とを風が吹き寄す  1021 2108
6792  木犀に零犀想ふ秋の夜君が芳香吐きをる木精 深海鮟鱇 1022 0700
6793  木犀の香り纏いてペタル踏む胸に刻みし今日の言の葉   文枝 1022 0752
6794  自転車はまどろむ夏の遠駆けを偲びて待てり森に帰る日 ぎを 1022 1602
6795  山辺の道に咲きたる吾亦紅大和三山秋霞の中  弁慶 1022 2251
6796  言葉などいらぬときあり吾亦紅弁慶さんの写真のふたり 深海鮟鱇 1024 2150
6797  占いを今日は真に受け出でてゆく「あなたは一人で立ち直れます」 たまこ 1025 0647
6798  惑へども潔さもて生くべしと秋天深く澄みわたりたり ぎを 1025 0958
6799  澄みわたる大空のもと初雪の富士を眺める心地よき朝  弁慶 1025 1244
6800  限りなきブルーに透ける秋空に心の筆で大と揮毫す  蘇生 1027 0457