桃李歌壇  目次

幽庭に

連作和歌 百首歌集

 

7301  幽庭にいとど散りたる紅塵を踏んで去り行く春風か君は 深海鮟鱇 414 0644
7302  春の日の庭を斜めに切る影は鴉にあらむ羽音がきしむ たまこ 416 1049
7303  からたちの花ふれかてに咲く春の夕へうばらの君ならなくに ぎを 416 2101
7304  夕焼空雀子たかたか歩きおり密談なるか三羽寄り添ひ 海月 417 0746
7305  古き日の三羽烏のドキュメントそろそろ始む身辺整理  文枝 417 1132
7306  身のめぐり整理いくたび思ひしか整はぬまま富士の白雪  れん 417 1732
7307  思い出の整理をしつつ削ぎゆけばついには笑う髑髏となりぬ 深海鮟鱇 418 0826
7308  銀河のやうに煙つてゐたと誰か言ひみんなの気持になじむ結論 たまこ 418 1304
7309  わたくしを揺さぶる展開ほしくなる新玉葱をシャリリと噛めば 雛菊 418 1953
7310  幾度のほぞを噛みつつ生きつぎぬ魂のそこより希ふやすらぎ  れん 418 2034
7311  一日の疲れ湯船に身を任せ小さき者の唄にやすらぐ 文枝 419 0808
7312  窓の外子どもの声に目を覚まし春うららかな日曜の午後 調 419 2226
7313  背に余る色とりどりのランドセル集きて散りて駆けて転げて  蘇生 420 0524
7314  ランドセルに鉛筆カタカタ鳴らしつつ吾は駆けにき我が子も駆ける たまこ 420 1529
7315  赤色に蝶の描かれたランドセルわれの記憶の目にぞ甦りぬ  れん 420 2057
7316  ランドセル駆ければ音する筆箱とノ−トの踊る板橋の上  弁慶 420 2210
7317  天仰ぎふたりで渡りし板橋は今ただひとり揺れて渡りつ 小調 420 2341
7318  春の獅子駆け去るごとく雨晴れて一人ゆく君いやしけ吉事 ぎを 421 0054
7319  轟々と春の嵐が吹き荒れて愁いひととき霧に散りたり  蘇生 421 0900
7320  春風になびく欅の新葉の先は薄紅はじらふやうに 雛菊 422 1115
7321  うさもろと散りゆく花の春の風つかれたる身にあおぞら深し  れん 422 2032
7322  白薔薇の花びら端よりまたなえて反りゆく雨の春日に思ふも ぎを 423 1825
7323  春霖の相合い傘は軽やかにあなたの顔が右肩の上 小調 423 1940
7324  春の霧晴れ行く山を眺むれば色とりどりの木々の若葉よ  弁慶 423 2122
7325  子規鳴いて俳句の森の鶯の鳴かざる夏は緑一色 深海鮟鱇 423 2315
7326  風を聞く太古の耳はたちまちに哭く蜀魂その声を知る 真奈 424 0006
7327  春風を聡く聞く為の耳として椋の老樹が茸を生やせり たまこ 424 0027
7328  道辺の椋の梢の音清さか春風ぞふく小夜の中山  弁慶 424 2259
7329  夜明け前闇のしじまが揺れ動く出庫注意のブザーの音(ね)かな 小調 425 0033
7330  少年期明るき目して自転車の菜の花畑駆け抜けにけり 真奈 425 1018
7331  三十路にて戦時迎えし母が今航路の果てに生死さまよう  蘇生 425 1525
7332  時の間の花も思ひもうち散らし春の嵐は過ぎ去りにけり ぎを 426 0143
7333  みのめぐり過ぎゆきのこと思ひなし静寂なれるありどにきづく  れん 426 0610
7334  夕立受け山に今年もミモザが咲き満ちて別れしはほんの昨日のやうな たまこ 428 0944
7335  立しまま目薬差さばおのづからイナバウァ−となるにけるかも  弁慶 428 1026
7336  ひなげしの花は華やか茎細く長くまっすぐモデルの姿 小調 430 1918
7337  すみれ咲く門を過ぎれば犬がいて花盗むかとわれに吠えたり 深海鮟鱇 51 2029
7338  静けさもたやすく破れ門を出づ行方もしらぬ途は傾斜へ  れん 52 0040
7339  自転車で坂を下れば思い出す友と走った制服の暮れ 小調 52 0618
7340  沈みゆく陽へくだりゆく坂の風 時は追い越す人と人影 深海鮟鱇 52 0757
7341  古もかくや愛しき人思へば多摩川崖に青嵐立つ ぎを 52 1045
7342  おもふさま辛き四年を臥していま遺影にいとし母の福耳  蘇生 52 1242
7343  ひたすらに越えこし辛さなにならむ生命(いのち)ある身の掟にあるや  れん 53 0657
7344  ぎっくりと詩魔わが腰を打ちにけり砕けて沈む黄金週間 深海鮟鱇 53 0727
7345  ふるさとの桜はついに目を開けず沈む心に岩木山笑ふ 雛菊 53 0819
7346  竹の子に独活にタラの芽蕗に芹里山満載弟が来た  54 0929
7347  津軽野に櫻咲く日の近からむ岩木の山の微笑むがごと 弁慶 54 2207
7348  岩木山笑ふ裾野に生受けて友は笑みつつ逝きて五年目  文枝 55 1456
7349  幼きに手をかざしたるふた瘤の有珠山は無く母も逝きたり  蘇生 55 1825
7350  タラの芽を水挿し陽に当て少しでも太らせやうと伯母のもてなし 雛菊 55 2104
7351  陽だまりの中を駈けてく子どもたち君とわれとの子を思いつつ  詠人知らず 56 2340
7352  もう若くはないと思ひつ恩寵の錯誤なるかな麗はしのとき 真奈 57 1645
7353  陽だまりの中を駈けてく子どもたち君とわれとの子を思いつつ 小調 57 1826
7354  還暦にさらに干支など重ねても日々に思うは老いはひとごと  蘇生 57 1943
7355  思ひつつ日長くなりぬ早緑の若葉もむなしくはや夏立ちぬ ぎを 57 2345
7356  悲しみの淵むなしくもたちもどる長らふことのせつなさにあり  れん 58 1629
7357  現世の悲しみ壷に封じ込め背に太陽画架に向かひぬ 文枝 58 1733
7358  あかねさす長き廊下ですれ違ふ走るつむじは球児に似たり 小調 58 2242
7359  あかねさす高き木々の枝の先山藤薄き紫のふさ  弁慶 59 1927
7360  緑なす谷(やつ)に色なす山藤の高みにゆれて夏は来にけり 蘇生 511 0851
7361  はやも夏さびしく偲ふ人ゆゑに卯の花くたし音も花もなく ぎを 512 0046
7362  講義する机の紙片をひるがえすあわてふためき夏は来にけり  くりおね 513 0848
7363  繚乱の花も冷雨に翳さしぬ母も逝きたり夏は来ぬかや  蘇生 513 0933
7364  共に行きし最後は初夏の霧ヶ峰 蓮華躑躅に朱に染まりいき たまこ 513 2058
7365  夏の雨この世の仕事成し遂げて母は逝きたり行きつ戻りつ  くりおね 514 0955
7366  夏薊うすくれないの花のなか小さき雨の雫残れり  弁慶 514 1047
7367  繁りては紛れるほどの梅の葉の緑の雨にそぼ濡れてをり  蘇生 514 1100
7368  はつ夏のあまい旋律言の葉のひかりとかぜにたわむれてをり  くりおね 515 0634
7369  はつ夏の風にゆらめく乙女らの緑の髪の美しきかな  弁慶 516 2302
7370  干潮の浜に満ちたる磯の香のいつとは無しに夏は来にけり  蘇生 518 0830
7371  夏の朝山川草木皆悉佛と称えて僧は峠越え行く 弁慶 518 1002
7372  ま幸くと願ふに万花をくたす雨ふれる今朝より手術つづくも ぎを 518 1040
7373  きりさめに隠れてまたもあらはるる薄むらさきの桐の花なり  れん 518 1539
7374  「恋」は「孤悲」だよってひっそりと桐の雨降るむらさきの花 真奈 518 2126
7375  五月雨の峠を一人越えて行けば薄紫の桐の花みゆ  弁慶 520 0335
7376  母を護り寡婦を通しし祖母なりき谷間の空に高く咲く桐 たまこ 520 1400
7377  たかだかと聳えて咲くはむらさきの桐のはななり彷徨ひしころ  れん 520 1602
7378  奥山の真木の密林黒々と中に紫桐の花かな  弁慶 521 1800
7379  闇深き原生林を背(そびら)にし夢中山幻住寺とぞ誰がつけし名か たまこ 521 2202
7380  外にも出で胸をもひらき薫風の五月を行かんか誰が恋となく ぎを 522 0140
7381  額ほどの庭を彷徨うまだら猫追えどもゆるり五月の風に  蘇生 522 0824
7382  ふるさとの宿のガラスに額をつけ夜の街灯り眼をとづる  れん 522 1553
7383  閉づる眼のなきなめくじにへのへのと目鼻を書きて過ぐる人の世 深海鮟鱇 523 2023
7384  みどりなす五月の風にふかれつつ面影橋を渡る君かな  弁慶 524 0642
7385  雷の夜しづかに秒針い巡れり今頃いづくに君いますらん ぎを 524 2146
7386  遠雷の途絶えし後の山脈の上なる雲の夕焼けの色  弁慶 525 2345
7387  頬染めて雲乗る人の帰りゆく巫山の空に朝は明けゆく 深海鮟鱇 527 0649
7388  ブランコに忘れし『のんちゃん雲に乗る』小学校の跡も今なく たまこ 527 2346
7389  廃村の真中に広き空き地あり村立尋常小学校跡  弁慶 528 0118
7390  人ら去り草木深き山河あり時に感じて鳴きをる鳥ら 深海鮟鱇 528 0831
7401  我町に郭公啼いて夏が来た尾っぽふりふり屋根であいさつ 雛菊 528 1927
7402  老鶯の谷また谷の囀りにショットに立ちて暫し愛でをり  蘇生 528 2027
7403  甘き香に誘われ森に分入ればおがたまていふ花の咲きしよ  530 0037
7404  おがたまの薄紫の花の香や慰められてさらに哀しく たまこ 530 0300
7405  なんの木とかって問いたるおがたまの花が社に香る初夏  蘇生 530 0600
7406  我が魂もあくがれ出でな招霊の花薫りたつ五月の闇に ぎを 530 2152
7407  五月闇物ともせずに峠道越ゆれば海に昇る朝日よ  弁慶 531 0030
7408  招霊のいにしえよりのひびきあり甘き香りのひともとの帯  くりおね 531 0732
7409  落ちゆける後醍醐天皇の手触れしと伝はる桜の今年の若葉 たまこ 531 1118
7410  実朝を偲ぶ縁の大公孫樹老い曝ひて青葉悲しき  蘇生 61 0824