朝霧

                            東條耿一

 

納骨堂の境内から聖歌が流れる ソプラノのいい聲だ

 

みすくひの水に罪きよめられ あらたに生れしわれ

は神の子・・・

 

その歌の方へ ひとりの盲が杖を曳く 彼は草を分

ける楓の幹をちよいと叩く

 

さうして覚束なげに歩みを運ぶ 朝霧は朧に霽れ

て 彼を包む夜明けの色

 

(「山桜」昭和14月号

 

 

 

 友を祝し給はずば

 

        東條耿一

 

朝は病房を輝かし 寒気凛然、

東天の下、今し、荼毘に附す友の煙ひとすじゆるやかに銀孤を描く

    ・・・父よ、友を憐れみ給へ

 父よ、友を赦し給へ

  父よ、われ等の祈祷を聴き容れ給へ

―見ろよ、あの人はよつぽど気立がやさしいとみえて、

煙まで静かだぜ・・・」

―うんにやあ、さうぢやあんめえよ。あんまり長く

 わずらつたで、ぽんぽん昇る元気がねえずら。」

―さうきやなあ、でもまあ、こげえいい日に焼かれりやあ、

 気持ちよく成佛出来るだんべ。」

―違えねえ、おいらも早く引取つて貰えてえもんだ、

 娑婆の朝はこげえに寒いで・・・・

農舎の庭の小溜りに

就業の前のひと時を

焚火を囲んで農夫らの明るい談笑・・・・

友等よ、のどかなその明け暮れよ、屈託のない生存よ、

霜は足下から解けかゝり

鳥は婆々と晴天を歌ふ

荼毘の煙は虔しく朝日の縞にたなびき

火葬場からは一ぱいに溢れて来る

和やかな聖歌、祈祷の聲―

    ・・・・父よ、友を憐れみ給へ

   父よ、友を赦し給へ

    父よ、われ等の祈祷を聴き容れ給へ。

 

 (「山桜」昭和14月号)

梅林中尉

                                            東條耿一

彼は機首を敵地に向けた 彼は手巾を振つて僚機に別
れた さうしてそのまま自爆した
嗚呼壮烈無比
大和撫子の御魂の光り
千古に輝く不滅の終焉……

  主よ御国に至らん時
友は聖句を口吟む
友は静かに合掌する
さうして寝台の上に居住ゐを正す
……ながなが お世話になりました。みなさん、どうぞ
お元気で、一足先に参ります……
云ひ了りて事切れぬ
十字架上のイエスの如
従容として悔もなし
壮烈無比にはあらねども
千古不滅の死ならねど
友は見事に召された
嗚呼どうか 凡夫煩悩の私も
膽に銘じて學びたい。
              ――一九三八・一二・一〇――
 ( 「山桜」昭和十四年二月号)

 

 明日への言葉

東條耿一

 

てんぼになつても

いやいや盲ひになつても

こころしみじみ生きてゐたいと思ふ

 

この身、疫病みくづれる

宿痾者、天刑者よ

父や母にも呆られて

かくて、幾歳、寝台(ベッド)の上の繃帯達磨

それでもなんでも生きてゐたいと思ふ

 

このひたぶるの心 この激しい慾求―

あはれ、赤裸なる人の世の心よ

 

死に行く運命(さだめ)を厭ふにはあらねど

はたまた いのちの果

限りなき幸を希ふにはあらねど

この身、 このまま、

一日は一日を産み

明日もまたかくて

いのちの健在を心ゆくまで愛でたいと思ふ。

 

(「山桜」昭和14月号)

 

 

 白鳥

    東條耿一

 

わが胸底に一羽の白鳥住めり

鮮麗なる装ほひと

只一つなる希ひに燃えて

あはれ やさしき白鳥住めり

 

日もすがら 歌もなく

黄金なす波に浮びて

あえかにも望郷の憂ひに沈む

圓らなる その瞳

柔かき その額

未だ故郷の形を知らず

かぞいろに限りなく夢は馳せちる

 

あはれ やさしき白鳥よ

何時の日より わが胸に来り住めるや

はた何時の日 わが胸を離れて

うろはしの郷に馳せるや

 

 

おん身 かくて残り少なきわが日々を啄ばみ

只一つなる望郷に燃えて

わが心のうろ深く

静かに水脈をひろげゆく

春浅き昨日も今日も・・・・

 

あはれ わが胸底に

一羽のやさしき白鳥住めり

 

(「山桜」昭和14月号)

 

 

微笑の詩

                            東條耿一

 

 

恒に明るく微笑んでゐる人がある

バスの中でも

行きずりの見知らぬ人にも

厨房でも 雪隠でも

恒に明るく微笑んでゐる人がある

 

静かに水脈のひろごるやうな

出会ひ頭の犬でさへ

くんと鼻を鳴らして寄るほどの

恒に暖かく身近に微笑んでゐる人がある

 

よつぽど腹の出来た人でないと

こんな笑ひは笑へぬものだ

私もなんとか真似ようと思ふが

てんで話にもならない

鼠一匹見つけても

忽ち額に青筋を立てる始末だ

 

これではいかぬと思ひつゝ

早くも人生半ばを過ぎた

死ぬまでに一度でもいい

心からこんな笑ひ様がしてみたいと

憐れな自分を省みて寂しくなる

 

(「山桜」昭和14月号)

 

 

 

 一椀の大根おろし

                            東條耿一

 

初夏の宵なり

病み疲れた寝臺に起出でて

ほろ苦き一椀の大根おろしを喰らふ

肌あらき病衣に痩躯を包み

ぼつたりと重き繃帯に(フォ)(ーク)を差込み

わたしはがつがつと大根おろしの一椀を喰らふ

思へば病みてより早や幾とせ

げにこれまで生きながらへて来たるものかな

一驚を喫す 一驚を喫す

見よ、己が姿(かげ)

而して思ひをなせ

日夜 病菌の裡に住へど

かくいのちの在るは嬉しからずや

貧しき一椀の大根おろしを愛ずるは幸ひならずや

われとて何時の日か

父の御許に帰り行くらん

なべてはそれまでの愛の十字架

ああ忘れ得ぬ人の世の一事ならずや

さらば 喰らはん 餓鬼の如くに喰らはん

大根おろし 大根おろし

涎と汁とそして涙と

ああ初夏の宵の一椀の大根おろし・・・・・

 

(「山桜」昭和14月号)

 

 おもかげ

        東條耿一

 

いつの日も 虔しく

さやかに微笑むおもかげあり

 

われそのおもかげにならへて

心静かに笑まんとすれど

湧き来るは 悔と

はたしらじらしき憤怒のみ

 

こは何ならむ 二十年来一哀愁!

問ふもおかしや

明日こそは笑まねばならぬ

あたらしき夜明けと共に

幾そ度笑まんとして

在るは 恒に 空しき歔欷ぞ

ああ 捉へん術なき静謐の微笑よ

 

しかすがに いつの日か

あえかに笑まむ 明日あらば

 

いつの日も 限りなく

さやかに微笑むおもかげのあり

 

(「山桜」昭和1410月号)

 

 女と趣味           


               東條耿一  


 わが国の女は概して趣味に乏しいやうである。これは日本古来よりの伝統的な家風や習慣などに依る影響もあるであらうが、一體にその生活様式が低いせゐではないかと思ふ。また女が男に比較して著しく教養が低下してゐるといふことも、その一素因をなしてゐるのではあるまいか。尤も、女を指して一概に趣味がなさすぎると云ふのは暴言かも知れぬ。わが國には古来から、女性の優雅な趣味として、琴、茶道、生花、和歌などがあり、また現代の女性にはスポーツと云ふ華々しいものがある。その他にも、何々趣味とか名づけるあそびや藝事もある種の女性は持つてゐる。が、しかし、これらはいづれも、環境や経済的な恩恵に浴してゐる者の話であって、一般の女には縁遠いものばかりである。趣味と環境と経済、この三つは最も密接な関係にあって、趣味云々も、ここから考なければならんやうである。

 だいたいの女の生活の一日を見てゐると、育児については云はずもがな、裁縫とか、洗濯とか、その他の細々した雑事つまり家事一切に消費されてゐて、趣味にあそぶことはおろか、素養を培ふ暇すらないやうである。この責任の一端は、勿論、男にもあるのであるが、もう少し女の方でも、何とか生活にゆとりを持つて貰ひたいものである。いやそのような僅かな時間でもいゝ、自分の血となり肉となる寸暇を見出して貰ひたいものである。と云へば、女の方も負けてゐないかも知れぬ。女に素養がなく、趣味に乏しいのも、畢竟するに男が悪いからではないか、自分がちよつと動きさへすれば出来るやうな事でも、やれ女それ女と持込んで来るから、結局、女は負担が多くなつて、到底、趣味とか素養とかには手が染められないのだ、と。成程、尤もなことだ、と、一応私はうなづく。しかし、趣味にあそび、生活にゆとりを見出すと云つても、ごく僅かな時間で足りるのであって、和歌の一首も詠んだり、庭の隅に草花の一本ぐらゐ植ゑて娯しむ時間は、誰でも持合せてゐる筈である。してみれば、罪はやはり女の方にあるのだと云ひたい。花を見てあゝ綺麗だと思ひ、小鳥の歌を耳にすれば一寸心を惹かれるといふやうな、或ひは男なら夜店で盆栽の一鉢も買つて来て娯しむていの。所謂、趣味の源泉となる気持は、殆ど凡ゆる人が持つてゐるものである。その源泉の感情を、女が無雑作に表現しえないのは何故だらうか。此處にも問題が一つあるやうである。また女の美しいのは衣裳かあるからこそで、女の體から衣裳を除いたらゼロに近いといふ点にも、趣味と関聨して、何か隠されてゐるやうに思へる。

 わが村の女性諸君も、概して趣味に乏しいやうに見受けられる。これは私ばかりの見解であらうか。働くことも良いであらう、欲することも勿論悪くはない。が、しかし、心をバサバサに乾枯びさせてまで、あたら貴重な生活の全部をそれのみに費消してしまふのは、何と云つても残念のやうな気がする。往時に比して、現在の院内の一般の人情が稀薄になつたと云ふのも、或ひは斯のやうな所にあるのではなからうか。少数の女の人達が、結社に入つて、むしぱまれた生涯を歌道にいそしんでゐるのは、奥床しくも尊いが、院内はまだまだ雑駁である。

 私は先頃たいへん嬉しい耳の経験をした。それは看護婦の某氏が小鳥を飼つてゐると聞いた時である。私は入院して七年近くになるが、小鳥に興じる女の人や、草花に水をそゝぐ美しい姿を未だかつて見たことがない。しかし、これは私が不幸にして見なかったのかも知れない。某氏の小鳥も飼育のむづかしい鶯と聞いていつそう驚いた。 氏はその他にも目白や頬白を飼つてゐると聞く。何にしても、忙しい職務の寸暇を割いて、ひと時を愛鳥にたはむれる氏の姿を思ひ描いて、 おのづからなる微笑を禁じえなかつた。「小烏とあそぶをんな」思つても嬉しいきはみである。

趣味の豊かな人には、何處とない気品が偲ばれるものだ。會つてゐて感じが良く、語つて愉しいものである。趣味のない世界など私には想像出来ない。趣味のないくらゐ無味で、凡そ殺風景なものはない。

女の生の意義は母になることに在り、母になつて始めて女は美しい、と云ふことは、私もまたしばしば感じたことであるが、不幸にして母になれないわが村の女性諸君は、母になれない傷心を、大いに趣味や素養の培養に向けられるべきではなからうか。干物柱の林立や、生存に疲れ切つた姿を見るよりたとへ貧しくはあつても、花園に咲く二三輪の花、小鳥を飼ふ女の姿を見る方が、どのくらい美しく愉しいかしれやしない。またそうなつてこそ、人情も温かになるであらうし、今よりも更に明るい平和な村にもなるであらう。蓋し、さう思ふのはひとり私ばかりであらうか。

(「山桜」昭和14年8月号)
 

療養日記(その一) 

「昨夜から灯を入れ始めたんです 正月には是非鳴かさうと思ひまして・・・」
その正月までにはまだ二月もある 友は語りながら曲がった指で
器用に擂餌を摺りはじめる 彼は凡て手探りである
餌の調合も 籠の掃除も 一つの歌の誕生を心密かに待つてゐる
この盲目の丹誠に籠の中の鶯は
笹鳴きしつゝ 宙返りつゝ 未來の歌手を偲ばせる
嗚呼かくて療養を完たうする 友よ 幸あれ
おん身の美しいひと日ひと日に・・・・・・

(「山桜」昭和14年11月号)

 

 木魚三題

 東條耿一

 

その音は圓い その音は暖かい

さうしてその音は冴えてゐる

嗚呼木魚よ

お前は恒に腹を据え ()を叩かせて

 

    

あれあのやうに頭を叩かれて

あのやうに冴えた音が出ようとは

木魚よ お前は憎い お前は羨しい

私もお前の頭を叩かう お前の心に學ぶため

 

    

ポクポクと木魚を叩く

何事の在しますかは知らぬ

われかく恒に健やかに養はるるを思ひ

ポクポクと木魚を叩く 

 

          掌編

 

大きく呼吸をする 小さく呼吸をする

その咽頭(のんど)を通ふものの暖かさ 幽かさ

ああ あの空の色! あの頬白の歌!

ああ私の中の虔しい生命(ゐのち)

 

(「山桜」昭和1412月号)