第37回句会桃李2月定例句会披講

選句方法:天地人方式(各3、2、1点)
兼題:節分、薄氷(うすらひ)、待ち遠しい(不言題)

晩冬または初春の句 雑詠または題詠

有言の題詠(その言葉を使う)
は「節分」または「薄氷(うすらひ)」
不言の題詠(その言葉を使わずに、心を詠む)は、
「待ち遠しい」です。

2月15日(火)投句受付開始
2月22日(火)投句締切、選句開始
2月29日(火)選句締切、披講

投句: 葉子、富章、悠久子、楽人、由起、省吾、香世、木菟、安康、登美子、旅遊、碁仇、暁生、夕日、重陽、雲外
選句: 雲外、旅遊、香世、重陽、暁生、登美子、碁仇、楽人、悠久子

披講

・11点句

薄氷の一はけ残る森の径  木菟
<香世(地)>
わずかに残された水たまり。一はけほどの。
温度を感じます。

<重陽(天)>
叙景句として「一はけ残る」の修辞に喝采

<碁仇(天)>
すばらしい写実句です。
この句には、下手な解説などいらないですね。

<楽人(人)>
「一はけ残る」とは、言い得て妙ですね。

<悠久子(地)>
この薄氷は静寂の中。
森の細道に残った氷を「一はけ」の語で鮮やかに描かれたと思います。


・9点句

寒鰤のこうべ野太き出刃を研ぐ  重陽
<雲外(天)>
寒鰤が釣れましたか。相模湾や駿河湾では鯔どまりです。
丸々とはちきれんばかりに肥えているのは毎日 百杯を越える
釣舟のコマセのせいだとか。

「野太き」は、「野太く」か「野太し」の方がよかったかどうか。

<旅遊(天)>
「野太き出刃」が効いています。すばらしい句と思います。

<楽人(天)>
さあ食べるぞ、という意気込みが感じられます。
さぞかし立派な鰤なんでしょうね。


・5点句

沈丁花そのくれなゐの匂ふ時  悠久子
<暁生(天)>


<登美子(地)>
美しいですねえ。
沈丁花は闇の中でことに匂いますね。


・3点句

それとなき諾のこたへと春の雪  木菟
<旅遊(人)>
春の雪を詠った美しい句です。

<重陽(地)>
不安な心理と春の雪とが呼応して心に残る

届かぬもの届かぬままに春立ちぬ  夕日
<香世(天)>
春は、待つことがたくさんあります。
仕事も学業も、日本は春が区切り。
体調もそうですね。

薄氷の棚田どこまで飛鳥なる  雲外
<悠久子(天)>
いかにも早春という風景で、薄氷で光る棚田が続いているところは飛鳥である。
絵になる、しかも詩になる風景を見事に表現されたと。

寒月を隠しきれずに大けやき  重陽
<登美子(天)>
雄大な風景ですね。
どんなに大きなけやきでも、お月様を隠すわけにはいきませんね。


・2点句

節分や豆をかぞえて般若湯  暁生
<雲外(地)>
お寺さんの生臭坊主は今夜も晩酌ですか。
ほんのりとした塩味があるような錯覚もあるのか。
意外に合うのでしょうね。

それにしても いくつでしたか?


早春のじつと動かぬ朝かな  碁仇
<旅遊(地)>
早春の朝の気配を巧みにとらえた佳句と思います。

街の灯は凍りしままの夜明けかな  旅遊
<楽人(地)>
これは私の実感でもあります。
こうも見事に言い留められてしまうと、ちょっと悔しいかな。

モグラです仮眠状態春よ来い!  由起
<香世(人)>
可愛い!蛇だと、いつまでも眠ってろ、と言いたくなります。
神様も不公平ですね。愛されやすい動物と嫌われやすい動物を創造されて。
まあ、でも好みもいろいろで。(はい、脱線してますね)

<重陽(人)>
ユーモアと心地良いリズム感をいただきました

靴の中より節分の豆ひとつ  楽人
<碁仇(地)>
この句には、余韻があるように思いました。
きっと、次の日のことだからでしょうね。
にぎやかな節分の行事そのものでなく、終わった後の寂しさ。

しがらみをすべて忘れて鬼やらい  省吾
<暁生(地)>
心だけリセットするのも、なかなかいいですよね


・1点句

顔そむけ春の疾風をやり過ごす  登美子
<悠久子(人)>
さらっと流れる黒髪の少女を想像しました。
でも、「やり過ごす」ことが似合うのは、おとなの女性でしょうか。

薄氷に写るすがたの束の間に  省吾
<暁生(人)>


薄氷や小鳥が滑るかもしれぬ  悠久子
<雲外(人)>
俳諧とか俳味とかいうのには こうゆうセンスも必要か。
氷結した湖に着地しようとして 鴨がスケーテングして
しまっているのを見たことがあります。

小鳥というのはたぶん頬白とか四十柄といった野鳥で
しょうね きっと。余計なお世話というか心配が
思わずニヤッとしてしまうほど可笑しい。

節分や丑寅の闇深まれり  雲外
<登美子(人)>
背筋が凍るような畏れを感じます。
でも闇の中を覗いてみずにはいられない。。

節分や豆の見つけしイヤリング  香世
<碁仇(人)>
そういうこともありそうな。
もうないと思っていたものを見つけたよろこび、まさに「福は内」ですね。