桃李歌壇ホーム頁 歌仙目次

歌仙評釈

「春の雪」の巻

自由投句の部屋の歌仙の評釈です: 木粋

【初折表】   

春 命あれ我が足下に春の雪       きこ     

※芭蕉の「命なりわずかの笠の下涼み」を早春に      
執り成すなしたような佳句。雪はもはや冬の雪      
ではなく春の淡雪。土の暖かさを感じます。     

春 鉢あらためて福寿草見る      ひとし     

※新しい季節の訪れを「鉢あらためて」で受けて      
挨拶とした脇。福寿草は冬(新年)の季語なが      
ら、報春花の名にし負う福寿草を愛でて、ここ      
では春季と扱い、発句と同季同場の脇の約束に      
したがったものとみておきます。   

春 城山へ春一番に吹かれ来て      鞠     

※丈高く離れろの心得通りの見事な第三。発句脇      
の静に対して動の春一番。吹き荒れる風の中、      
わざわざ訪れたのが城山というのも、なにやら      
ドラマ含み。   

雑  文擲つも若かりしゆえ       みお     

※前句のドラマ性をとがめて、文なげうつは確か      
な見定め。付け筋は、吹き付ける風に舞うもの      
は紙とみた。

月 ? 水月を寒満月の照らす真夜      涼     

※月の定座。「水月」と「寒満月」は、どう読む      
んでしょうか? 寒月なら冬季ですし…。   

春  南下ひそかな流氷の群       絹     

※前句の冬の句と見たのか、南下を開始しようと      
する流氷の群で受けましたが、これだとまた春      
季になって差合いになります。

【初折裏】   

雑 隣国のその指導者も遂に逝き     みお      

初折裏入り。前句に大きく動きはじめんとする      
気配を感じて、その状況に符合する時事で受け      
ました。タイムリーな転じ。   

雑  地に平和なき天安門か       五十一      

※「平和なき」が作者の感慨。ちょっと付きす       
ぎではありますが。   

雑 都には都の愁い雨もまた    ?      
※前句の転じが弱かった分、好句ながら打越句       
のだめ押しになってしまったのが残念。「都       
には都の愁い」が次句にわたす含み。   

雑  窓辺で独り啜る珈琲        ひとし      

※前句に雨とあれば、ここは季節をはっきり出       
したかったところ。「珈琲」の句は、前句に       
もたれた句で転じが弱いような。   

春 微睡む子薄紅色のヒヤシンス     きこ      

※この句は、やや気分で付けた遣り句。ヒヤシ       
ンスは春季でこれもまた差合いになります。   

夏  ルピナスの穂にとまる瑠璃鳥    はる      

※ヒヤシンスに、あえてルピナスを持ってくる       
のなら、それなりの趣向がほしいところ。こ       
れは付きすぎですね。

月 秋 ストローを空に向ければ昼の月    みお      

※月の定座。姿が藤の花に似たルピナスは、一       
名「登り藤」とも。そこを見込んで、空に向       
けたストローで受け、さらにその先に昼の月       
を出して距離感を表現。運びがまた動きはじ       
めました。   

雑  甘味も欠けて黙す二人に      きこ      

※春秋は三句以上という約束事は、現代連句と       
いえども守りたいと考えます。句は、場の付       
けですが、前句の動きを止めてしまいました。       
一応、恋の句としておきます。   

雑 DJの“a”のなまりの心地よく   やまめ      

※ちょっと付け筋が見えませんが、aのなまり       
を心地よく感じる人物は、どんな人物かと付       
けを誘う面白い句だと思います。   

雑  停車場懐し"so"を聴きにゆく    はる  
雑 たまごっちくん今上機嫌      鞠      

※心地よいなまりは、ふるさとのなまり。啄木       
の「人混みの中にそを聞きに行く」を下敷き       
に、前句にうまく付け込んでいます。       
たまごっちの句は、付け筋がわかりません。

花 春 子供らと花を飾ってイースター    きこ
花 春 千年の花が稚木の輪の央に      絹      

※前句の解釈がいまひとつ明らかでないので、       
この花の句の付け筋もわからないのですが、       
後者の「千年」の句はスケールが大きく、な       
かなかの花の句だと思いました。   

雑  帽子の羽に鳩もとまりて      ゆう      

※イースター(復活祭)に付けた句。幸い、作       
者の自注があります。「復活祭で子供たちが       
かぶるイースターハットを詠んだのが私の句       
です。鳩は、ここではノアの洪水で一切のも       
のが水泡に帰した後で、新しい世界の訪れを       
告げるシンボルです」。ということだと、こ       
の句は、千年の花のもつ世代交代の意をも受       
けたことになり、二句を同時に受けるという       
離れ業! 問題は、はたして鳩が帽子の羽に       
止まれるかというリアリティ。

【名残表】   

雑 立ち尽くす野外劇場石冷えて     みお      

※ここより名残表。一句立とみれば、さまざま       
な物語をはらんで面白い句。おおいに付けを       
誘います。ただ、前句がせっかく復活の喜び       
を歌っているので、その心を受けたかった。       
なお「冷ゆる」は冬の季語ですが、ここは雑       
と見ておきます。付け筋は前句を奇術の舞台       
とみたのでしょうか。   

冬  大道芸も仕舞ふ木枯し       鞠      

※前句を付け伸ばして、はっきりと季節を出し       
ました。   

雑 さりげなくふたりのはてをつぶやくに 絹      

※前句の眼目を「仕舞ふ」とみて、男女の別れ       
の予感。   

雑  子に恵まれぬ幸か不幸か      粋      

※別れの理由をさぐっています。子がないから       
別れるのか、子がないから別れられるのか。   

夏 ひたすらを青嵐吹くこの朝      みお      

※「石冷えて」以後の沈鬱とした運びをやぶっ       
て「青嵐(あおあらし)」は颯爽としていま       
す。季節も雑をはさんで冬から夏へ。   

雑  船出待つらむ吾が背の君は     はる      

※青嵐の吹き渡る朝は、わが背の君が船出する       
朝です。額田王の「熟田津に船乗りせむと月       
待てば潮もかなひぬ今はこぎいでな」を彷彿       
とさせます。  

春 昇進の単身赴任へ黄砂降り      鞠      

※船出は昇進ゆえ、しかし単身赴任という悲喜       
こもごもの思い。桟橋には黄砂が舞います。       
ただ、ここは「わが背の君」の語感を素直に       
受けたかったという気もします。   

春  霞む彼方へ急ぐ犬あり       涼      

※この句は、単身赴任するサラリーマンを急ぐ       
犬と見定めたのか。ちょっと判然としません。   

春 カルストの丘から谷へ野火盛ん    絹      

※急ぐ犬を猟犬と見たのか、盛んに燃え上がる       
野火の風景を。これは、うまい転じ。ただ、       
カルストが唐突で、しかも高いところ(丘)       
から低いところ(谷)へ走る野火はいかがな       
ものかと思いましたが、実は、これが次句を       
生んでいるんですね。   

雑  馬嘶きて蘆の海底         きこ      

※この句は自注があります。「野焼きの火と走       
る犬の姿を、旧約聖書でエジプトを脱出し紅       
海にたどり着いたイスラエルの民に重ね合わ       
せました。“蘆の海”とは紅海の事です。エ       
ジプトの軍勢の馬と戦車は、奇跡によって海       
の藻屑と消えますが、ここではその直前の情       
景を詠みました」。ここでエジプトに転じら       
れたのは、前句のカルストのおかげだと思い       
ますし、上から下への火の動きが海底に沈む       
動きを誘ったのだと思います。野火から紅海       
の移りもよく映えていて、これは佳句。

月 秋 月明かり平家の琵琶の響き      木粋      

※海底から聞こえてくるのは琵琶の音か。前句、       
海の藻屑と消えたエジプト軍を平家滅亡に読       
み替えて、戦いのあとの情景を付けた。下五       
「響きあり」は、「月明かり」の「り」と重       
なってやや不束か。   

秋  峰まで続く葛のさやけさ      みお      

※この歌仙随一の付句。なにより移りがよく、       
含みがあり、しかも次句にわたす余韻がある。       
ほんのりと月明かりに照らされた峰の道に生       
うる葛。古人は葛の花よりも裏がえる葉の白       
さを愛でましたが、この句のさやけさも葛も       
花ではなく葉のように思えます。おそらく秋       
風が吹いているのでしょう。また、「うらみ       
葛の葉」といわれるように、この句は、平家       
のうらみも受けているようです。となれば、       
この葛の峰は平家追善の旅の一景、建礼門院       
右京大夫の面影かとさぐりを入れてみたくな       
ります。

【名残裏】   

秋 霧流れ歩荷の喘ぐ塩の道       鞠      

※遣り句ながら、名残裏であまり趣向をこらす       
のもどうかと思いますので、ここはさらりと       
付けるのが常道でしょう。「喘ぐ」が次句に       
わたす含み。   

春  山菜入りの焼味噌を舐め      涼      

※前句の付けのばしの感あり。ちょっとあらぬ       
ほうをみているようなところがあります。   

春 新学期うちの坊やもつくしんぼ    はな      

※山菜→野草→土筆という連想とのこと。ただ、       
連想は言葉選びの有力な方法ですが、付け筋       
にはならないんですね。付けとは、前句の具       
体的解釈ですから、いかなる場、いかなる人、       
いかなる時を見定めて、そこから趣向をたて       
言葉選びをする必要があります。   

春  「ほう」と声して耕馬向き変ゆ   やまめ      

※前句との関係でいえば、耕馬が振り向いたの       
は野良道を行く新一年生の声に反応したと読       
みますが、惜しむらくは前句とつりあってい       
ないこと。しかし、この句はおもしろいです。       
やまめさんはユニークな句づくりをしますね。

花 春 春風や花嫁御寮野道ゆく       ひとし      

※馬が振り向いたのは花嫁行列のせい。これは       
挙句前の花の定座らしい好感のもてる句です。   

雑  腹をたたきて老翁安堵す      ゆう   
春  草履に春の泥を確かめ       みお      

※挙句は、前者が「鼓腹撃壌の故事をかりて太       
平の世の田園風景を描きました。それと共に、       
花嫁に気をとられよそ見をしている馬と人間、       
それをせきたてて先に行かせる仕草、孫娘の       
嫁ぎ先が決まって安堵している老人などを連       
想していただければ幸甚です」の作者の言葉       
通りめでたく巻き上げています。しかし、季       
がないのが無念。       
後者は、前句よりも発句の「命あれ我が足下       
に春の雪」を意識した句。これで首尾が整い、       
「春の雪の巻」はめでたく満尾。

先頭へ