「すてきな パンやさん」
お母さんが膝の上の赤ちゃんの両手を抱えるように持ち、パチパチ手叩きさせながらこの歌を唄っている光景を、イギリスやアメリカではよく見かけます。“たたいて”“つついて”では、赤ちゃんのてのひらを叩いたりつついたり。そして、てのひらにBと書くところでは、殆どの赤ちゃんはくすぐったがって大喜び。あちらの幼児はこの歌で手叩きを覚えると言っても過言ではないほど親しまれているマザー・グースです。Bのマークとはベビー(baby)の頭文字のBですが、“トミー(Tomy)のT”とか“エマ(Emma)のE”というように、最終行のミー(me)と韻を踏んでいる名前の頭文字になっているものもあります。 このような親子のスキンシップをしながらの“遊ばせ歌”は、日本でも昔からいろいろ有りますが、マザー・グースに登場するものと遊ばせ方が非常によく似ているのは興味深いことです。子供の反応や親の気持ちは、洋の東西を問わず変わらないという証拠ですね。「ポーリー やかんを かけてよね」
これは、紅茶好きイギリス人の面目躍如といった詩ですね。紅茶をおいしく入れるコツの一つは、お湯をかならず沸騰させることなのですから、まずやかんをかけるのです。
イギリスに紅茶が入ってきたのは1657年ですが、当時は高価で、上流階級の人々の嗜好品だったようです。18C中頃には価格も安くなって庶民の間にも広まっていき、今ではイギリス人は一日に6〜7回紅茶を飲むとまで言われるほど紅茶好きの国民になりました。つまり、ベッドで朝の目覚めに、朝食の時、十一時のブレイク・タイム、昼食後、午後のティー・ブレイク、(アフタヌーン・ティー)、夕食後のくつろぎに、というわけです。 この詩も紅茶がポピュラーになってきた18C末には歌われていたようです。ポーリー (Polly)やスーキー(Sukey)は、それぞれ18C半ばの中流階級でよく用いられていたメアリー(Mary)、スーザン(Susan)の愛称であることからも、時代は符合します。
「おやすみなさい」
赤ちゃんを眠らせるには子守歌が大変効果的ですが、少し大きくなってくるとベッドへ連れていくまでが大変です。まだ遊んでいたい子どもを、あの手この手でベッドへ送りこもうと一苦労。だからでしょうか、マザー・グースには子供を寝かせるための詩がいくつもあります。
19C半ばのナーサリー・ライム集にすでに載っているこの詩では、“金のさいふ”“金の雉子”“金の鳥”をご褒美にあげるからと、ベッドへ誘っています。お菓子やおもちゃなど子供にとって魅力的な物はもっと他にあるようにも思いますが、これは多分、"golden"が豪華なものというイメージを持つと共に"Go"と頭韻を踏む為でしょう。
“Go to bed late,/Stay very small;/Go to bed early,/Grow very tall."という詩もあります。早く寝ればとても大きくなるが遅く寝ると小さなままですよと、早く大きくなりたい子どもの気持を逆手にとっている訳です。子供を早くベッドへもぐりこませようと、なだめたり、すかしたり、脅したり。昔から親達はいろいろと苦心したようですね。
「ジャンピング ジャック」
イングランドには、“火のともったロウソクを燭台にのせて床の上に置き、それを飛び越す”というゲームが何世紀も前からあったようです。このゲームはスポーツとしても楽しまれていたようですが、吉凶占いの一つとしても行われていました。
例えば、レース編みの産地として知られていたバッキンガムシャーのウェンドーバーでは、昔の年中行事の一つとしてセント・キャサリンのお祭りが行われていた頃、そのお祭りのしめくくりとしてこのゲームが行われ、「飛び越した時にキャンドルの火が消えなければ翌年は幸運に恵まれる」と言われていたそうです。ロウソクを使わなくなった現代では、もはやスポーツあるいは占いとして行っているという所は見当たりません。
しかしこの詩が今なお人気があるのは、どんな子どもでもこの詩を口ずさめば、自分もジャックのように機敏で格好良くなったような気になれるからではないでしょうか。
「かぜの3月」
イギリスでは、八月にはもう秋が始まります。そして九月、十月、十一月と、冬に向かってどんどん日が短くなり、どんよりとした曇り空の日が続きます。冬は、朝七時ごろはまだ薄暗く、午後四時過ぎにはもう暗くなり、木々は寒々と枝をシルエットのように天空に伸ばすのみで、カラフルな花が咲き競う暖かな春が本当に待ち遠しくなります。
イギリスで暮らしてみると、この詩は実に見事にイギリスの季節の変化をうたい込んでいるなと実感します。3月に吹くゲールと呼ばれる季節風は強烈ですし、“シャワー”と表現されるように、イギリスの雨はサーと降っては止み、また何時の間にか降ってきては止むという雨で、4月には日本の梅雨とは全く違いますが本当によく降り、少しづつ暖かさが増してきます。そしていよいよ五月。日も長くなり、百花繚乱の美しさ。さんざし、ブルー・ベルズ、桜の花などがいっせいに咲き出す、イギリスの一番いい季節の到来です。
「薔薇は あかく 菫は あおい」
『オックスフォード版伝承童謡辞典』のなかでオピー夫妻は、この詩は聖ヴァレンタインに関した詩の一つとして、18世紀末からすでに文献例があると述べています。その辞典に挙げられている詩の前半部分、アラセイトウ(植物)を砂糖に変化させたものが今回掲載の詩で、マザー・グースの詩集にはこの短い形でよく顔を出しています。
“あまく”の原語は"sweet"です。“そして あなたも”と続くと“あなたも あまい”となり、好意を持ってデレデレという感じがするかもしれません。しかし人に対して“スウィート”を使う時は、“とってもいい人”という意味の、かなりの褒め言葉となります。“親切”というよりも、もっと心がこもった暖かい人、優しい人、心配りができる人、そういった意味合いがすべて含まれていると思っていいでしょう。ですから自分の大切な人は、この詩にうたわれるような、“スウィート”な人が最高なのではないでしょうか。
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