桃李歌壇  目次

帰途の駅

連作和歌 百韻

1701 > 現世に生きゆくわれは帰途の駅の鏡に写して口紅を塗る
(たまこ)
(330 0919)

1702 > 別れ来し男ひとりが喫泉をふふむ紅の香すすがんとして 
(堂島屋)
(330 1207)

1703 > 友禅の賀茂の清みに紅色のよどむ岸辺に落花舞ひけり 
〈重陽)
(330 1442)

1704 > 落ち椿を手に拾ひつつ生き恥と言ふも晒して生きむと思ふ
(たまこ)
(330 1950)

1705 > いはけなく歌よみてただ歌よみて翁とならば嬉しからまし 
(堂島屋)
(330 2046)

1706 > 意味などを問ふこともなく歌ひこし息吐くやうに息吸ふやうに
(たまこ)
(330 2127)

1707 > 意味といふもの脱ぎすてし裸身今きらぎらしくもまなかひに立つ 
(堂島屋
(330 2227)

1708 > みどりごの手足おのづから舞ふやうに鎧捨てたる歌はまはだか
(登美子)
(330 2312)

1709 > けふ生れし人の如くに百千鳥鳴きすむ朝をめで愛しむかな 
(堂島屋)
(330 2329)

1710 > 鶯の来鳴きてやまぬ里山にけふは初花咲くを愛でたり 
(素蘭)
(331 0048)

1711 > 満開の花に小リスが群がりて枝から枝へ小鳥のやうに
(重陽)
(331 0627)

1712 > 今更に雪降り来る桜花僕の為にも耐えて下さい
(海斗)
(331 1554)

1713 > 海なりのとほくきこへしあばらやの花めでくまむながき斗の酒 
(重陽)
(331 1631)

1714 > 花冷えの冷えつくしたる東京よ友の婚ほぐべく我は来ぬ 
(堂島屋)
(331 1646)

1715 > 散れよ散れよと吹ぶく桜を身に浴びて流されゆきし帝のありき
(たまこ)
(331 1820)

1716 > 郷愁と幻想と愛シャガールの絵に霊感の花嫁は舞ふ 
(素蘭)
(331 1831)

1717 > 渚にてさざ波白くよす砂にふる雪きへて春遠からじ 
(重陽)
(331 2107)

1718 > 渚より持ち帰りたる陶片の示せし歴史の神秘に触るる 
(萌)
(331 2354)

1719 > いつの日にか拾ひし白い貝殻を窓辺において海風を呼ぶ
(たまこ)
(41 0646)

1720 > きみのゐた去年(こぞ)の浜辺の桜貝耳に寄せれば海鳴りの音 
(素蘭)
(41 1509)

1721 > 築かれし渚の砂のマンションのまだそのままに波や寄せくる 
(重陽)
(41 1718)

1722 > ブー・フー・ウーにさらに弟がゐたならば砂のお家にしたかもしれぬ
(たまこ)
(41 2112)

1723 > ヒマラヤの嶺より落つる雪解けの水に還りく砂の曼陀羅 
(素蘭)
(41 2151)

1724 > 雪解けの思いがけない激しさにふだん瀬とみる水が滝なす 
(萌)
(41 2321)

1725 > 激しさを普段は隠しているけれどふいに湧き来る抗えぬもの
(登美子)
(41 2330)

1726 > 花の下妻と二人で乾杯す癌取り去りて三度目の春
(海斗)
(42 0542)

1727 > せつかくの一生だからみの虫も春には若葉に着替へてみたい
(たまこ)
(42 0941)

1728 > うららかに春はめぐりて至れども齢重ねる父母の明日想う
(藍子)
(42 1732)

1729 > それぞれの迎へる春はとりどりの仕立て直しの衣まとひて 
(重陽)
(42 2026)

1730 > 真つ白なノートを開く心地する四月新たな門出祝ひて 
(素蘭)
(43 0042)

1731 > 新入の若き決意の面々と夢をともにし日々にすすまな 
(重陽)
(43 0651)

1732 > 夢求めとつ国へ立つ若きらよわが踏むもいまだ知らざりし道
(43 1732)

1733 > 介助犬連れて学門くぐりたる三年(みとせ)の辛き試練を耐えて 
(素蘭)
(43 1804)

1734 > ここしばらく開かれしことなきような西洋館の門に風花 
(萌)
(44 0047)

1735 > 廃材の残る更地にさくら散る生垣荒れて今は声なき 
(重陽)
(44 0645)

1736 > 廃屋に白木蓮が高くさき谷間の村の過疎になりゆく
(たまこ)
(44 1054)

1737 > 杣道を辿れば散り来る峰桜蒼穹揺らし高きひともと
(登美子)
(44 1847)

1738 > すこし目を上げて歩けばわが巡りの山のをちこちに桜花咲く
(たまこ)
(44 2127)

1739 > 桜咲き十日も経てば咲いているのが当たり前散ると思えず 
(萌)
(44 2311)

1740 > 清滝へ紅葉の渓を山桜うすくれなゐに霞染めたる 
(素蘭)
(45 0007)

1741 > 「添ふてもこそ迷へ」と風のささやけば風の流れに散る桜花
(たまこ)
(45 1030)

1742 > 北の野のまだ覚めるやらぬ雪の間のささやく風に散る花もなき 
(重陽)
(45 1419)

1743 > ためらひてをればおぼろの月影が誘ふらしいで枝離れてみむ
(登美子) (45 1700)

1744 > 花おぼろ鶴千代もまた亀千代も押し込められて家絶えにけり 
(堂島屋)
(45 1916)

1745 > 花万朶鶴亀の島浮かべたる庭園に居て落つる涙も 
(萌)
(46 0003)

1746 > 神苑の水面に映るくれなゐの枝垂れ桜に春は闌けゆく 
(素蘭)
(46 0059)

1747 > その花は彼岸に咲くや天心にして脇見せり春の雁(かりがね) 
(羊羹) 永田耕衣へ
(46 1035)

1748 > うらうらとただよふごとく散る花に此岸にたくむ吾をわすれむ  
(重陽)
(46 1910)

1749 > 明日はもつといい日にならむさくら色に土蔵の壁が夕陽に染まる
(たまこ)
(46 2153)

1750 > 染井吉野ばかりの並木抜けてきて一本の山桜に心魅かれる 
(萌)
(47 0019)

1751 > 湧水の渓を覆へり花霞うすくれなゐに色を重ねて 
(素蘭)
(47 0850)

1752 > 渓流へ届くほどなる雪柳せせらぎの音に何思ふらむ
(海斗)
(47 0954)

1753 > 花冷えの池をみにゆく車椅子疾く疾く押せと曽祖父のいふ 
(堂島屋)
(47 1136)

1754 > 注ぐ酒の絶へなば絶へね桜花一期一会と聞き給ふゆゑ
(海斗)
(47 1223)

1755 > 山峡にふる花びらの幽けしや沈金のごと岨のせせらぎ 
(重陽)
(47 1310)

1756 > 春風を切りて川面を飛ぶつばめの歌あり四月初めの歌会
(たまこ)
(47 1518)

1757 > みちのくの旅の終はりの水湊灯ともしごろに花は舞ひ散る 
(素蘭)
(47 1641)

1758 > 一日の山旅は終はりに近づきて火の見櫓のたつ村が見ゆ
(登美子)
(47 1853)

1759 > ゆかむとす旅のすがらの手合いなど思ふなどして予ねてたのしぶ 
(重陽)
(47 1914)

1760 > 日を受けて花の命の鮮やかに咽ぶまで咲け目に焼きつけむ
(海斗)
(47 2021)

1761 > 放課後のコートに躍るきみを見てわれは佇(た)ちをり残照のなか 
(素蘭)
(47 2244)

1762 > 葉を少し兆して地味になる桜 残照のなか輝き戻す 
(萌)
(47 2348)

1763 > あさの日に恥かしげなる春の山夕べに深き憂ひをたたふ 
(重陽)
(48 0631)

1764 > 歩き初めしをさなごのやうに深山木の梢ひたすら春に向かへり
(登美子)
(48 0644)

1765 > 木漏れ日の窓より入りてゆらゆらと長閑けからまし我が恋知らず
(海斗)
(48 0937)

1766 > 心当てに君を待ちをる春の苑夕闇甘く揺れるブランコ 
(素蘭)
(48 1221)

1767 > 花過ぎしだあれもいない鞦韆のふいになつかし風にゆれるを 
(重陽)
(48 1258)

1768 > ミシン踏む妻の姿よ洟啜る音もいとしき日を重ねつつ
(海斗)
(48 1334)

1769 > 波音をいとしきものと思いつつ海より離れしオフィスに居りぬ
(萌)
(48 1804)

1770 > よせてまた返へす潮間の小波の潮の満てるは猛けるが如し 
(重陽)
(48 1917)

1771 > 猛りくる波と空とのあはひにも光は満ちてターナーの海 
(素蘭)
(48 2123)

1772 > 画用紙に横に一本線を引き子の絵はたちまち海と空になる
(たまこ)
(48 2134)

1773 > 一筋の雲曳きながらジェット機は空と海とのあをに消えゆく 
(素蘭)
(48 2349)

1774 > ジェット機の影落つ春の山間にやや斜交いに煙たなびく 
(重陽)
(49 0752)

1775 > 朝靄の青きに紛れやまあいの里に炊ぎの煙のぼり来
(登美子)
(49 0942)

1776 > なにもない村よと仰げば曇天に黄の羽広げて鶺鴒が飛ぶ
(たまこ)
(49 1127)

1777 > 夕空の朱に遊弋せし鳶の仰ぎし吾をいかに思ふや 
(重陽)
(49 1422)

1778 > 悠然と空に画く輪を絞りゆく鳶の狙ひは春の野うさぎ
(たまこ)
(49 2232)

1779 > 夕桜はやも散りける川面より雁飛び立ちぬ 心残さず 
(素蘭)
(410 0005)

1780 > 夕光に照り翳りつつ薄墨の花散るに似て『かげろふ日記』
(たまこ)
(410 0951)

1781 > 新芽なす谷のあはいのそこだけに色をまとひし山桜かな 
(重陽)
(410 1336)

1782 > 散りそめし桜の花に雨がふり夢ならばとまた思つてしまふ
(たまこ)
(410 1847)

1783 > 薔薇色の蕾にあるる春愁ひ鬱金桜の夢ならなくに 
(素蘭)
(410 2015)

1784 > 薔薇色の風を集めて横浜の山手の丘に佇む茶房 
(萌)
(410 2315)

1785 > 昼下がりの茶房にたまゆら思ひ出す 今でもミルクはたつぷりですか
(たまこ) 
(411 0920)

1786 > 遠のけば乳白色に溶けてゆく思ひ出のなかの鮮やかなるもの
(登美子)
(411 0932)

1787 > 身の傷はいと消えやすし十年経ておぼめく君を赦すべきやは 
(堂島屋)
(411 1804)

1788 > 傷癒へてそなたの傷を思ふときそっとなぞるは壁のイニシャル
(重陽)
(411 1952)

1789 > アルプスの星降る小屋に痛めしむ小指はいまも「小指の思い出」
(しゅう)
(411 2137)

1790 > 懐かしき歌口ずさみ湯に入ればシャワーの漏りのリズムとやなる
(海斗)
(411 2206)

1791 > 懐かしき歌はいつでも別れ歌 手首の傷などわれは知らぬに 
(素蘭)
(411 2254)

1792 > 故郷で「す・き・で・す・・さ・つ・ぽ・ろ」口ずさむ疼く傷など無くもナツメロ
(重陽)
(412 0533)

1793 > 傷跡は十重に二十重に包みおき「おぼろ月夜」をくちずさんでみる
(登美子)
(412 1744)

1794 > 花の宴朧月夜に果てぬるをかたみにかはす扇眺めつ 
(素蘭)
(412 2320)

1795 > そのむかしおさなごころにかんじたる おぼろづきよのたよりなきゆめ 
(萌)
(412 2320)

1796 > 闇の底に覚めをればおぼろの思ひ出は扇に隠すかんばせのごと
(登美子)
(413 2043)

1797 > 春風の生まれてきたる扇状地濃く彩りてゆく桃の花 
(萌)
(413 2342)

1798 > 源平のゆかりならずも紅白に交じりてゆかし 桃の花咲く 
(素蘭)
(414 0117)

1799 > 風つよく窓を見やれば生垣の葉先きはすでに新緑が咲く 
(藍子)
(414 1455)

1800 > 春の闇にほふがごとくしみじみと一里かなたの汽笛聴きをり  
(堂島屋)
(414 1928)