桃李歌壇  目次

夜汽車

連作和歌 百韻

1801 > アルコールランプの炎に沸かす湯の遠く夜汽車のゆくごとき音
(たまこ)
(414 2155)

1802 > 空色の切符に心さすらへば銀河鉄道十字座をゆく 
(素蘭)
(414 2249)

1803 > いまもなほ闇ひたすらに突き進む宇宙船あり永久の夢乗せ
(登美子)
(414 2343)

1804 > 金牌の絵文字よむべき異星人地球遺跡といふをたづねよ 
(堂島屋)
(415 1024)

1805 > 砂漠より運ばれいでしロゼッタ石ヒエログリフの謎解きせむと 
(素蘭)
(415 1340)

1806 > 遠くとほく砂漠の風をみるやうな動物園の駱駝のまなこ
(たまこ)
(415 1614)

1807 > 黄塵のセピアに暮れし北の空西の浄土に思ひはすなり 
(重陽)
(415 1848)

1808 > 曼荼羅や佛部・蓮華部・金剛部ダブルクリックすれば影向 
(堂島屋)
(415 2204)

1809 > 大仏の後ろの山を飾りたる緑のいろの日々深まれり 
(萌)
(415 2335)

1810 > 光より生れし宇宙か御仏は美色纏ひぬ星の曼陀羅 
(素蘭)
(416 0021)

1811 > 祈りにはあらねど飛鳥の里にいますみほとけ日ごとわが胸に立つ
(登美子)
(416 0642)

1812 > 飛鳥には神と風しかないと笑む飛鳥座神社の若き神主
(たまこ)
(416 1127)

1813 > ふくらかに端厳なれや活佛と呼ばれし君をむべなりと思ふ 
(堂島屋)
(416 1209)

1814 > 鏑矢を番へて春を疾駆する凛々しき射手の風にさやけき 
(重陽)
(416 1341)

1815 > 若武者の鏑矢を引き放つ音を想へり初夏の日射をあびて
(たまこ)
(416 1731)

1816 > ほととぎす雲居の空に名告りせば弓張月の武者を偲ばむ 
(素蘭)
(417 0021)

1817 > 諦めることもひとつの能動と若葉の森に鳴くほととぎす(たまこ)
(417 1107)

1818 > 諦めを重ねて来たる人生のつひに残りしうた天翔ける
(登美子)
(417 1802)

1819 > 生業に追はれ追はれし現世のおきそひ末は歌を詠まばや 
(重陽)
(417 2051)

1820 > 日常に離(あ)るる思ひを語らむと真夜にひとり言葉を紡ぐ 
(素蘭)
(417 2308)

1821 > さみしさにさりげなく紡ぐ言葉いにしえよりの言伝てにして 
(萌)
(417 2328)

1822 > 言の葉は時に空しくまた浮かれ我が心をば映す宵闇 
(藍子)
(417 2350)

1823 > 感情の言葉ガツンとウイルスのよう免疫抵抗の時を待つのみ
(しゅう)
(418 0625)

1824 > 悪意などまつたくなくて無意識の言の葉だからよけいに痛い
(たまこ)
(418 0936)

1825 > 形なき言葉が心刺すことを思ひつつあらたな刃研ぎをり
(登美子)
(418 2205)

1826 > 形心の危ふき岐路にきみ佇ちぬ哀しき玻璃のモザイクに似て 
(素蘭)
(418 2339)

1827 > 思い出のモザイクはいつもてのひらに触れなんとしてひそかに去りぬ 
(萌) (419 0011)

1828 > 思ひては言ひたきことの多かりきそはなかなかに難きことなり 
(重陽)
(419 0816)

1829 > ばらしてもきつといいのだ「秘密よ」と貰つたチョコはたつたひとかけ
(たまこ)
(419 1641)

1830 > ずっと前大きな洞にささやいた「ヒ・ミ・ツ」は春の芽吹きになりて 
(重陽)
(419 1939)

1831 > 人間は結局孤独一生を夫にも秘して終ふべき「あること」
(登美子)
(420 0621)

1832 > 地平線が同じであればそれでいい轍の間に萌える草の芽
(たまこ)
(420 1122)

1833 > 転轍機そびらに軋む ああもはや吾に従ふ列車は無けむ 
(堂島屋)
(420 1230)

1834 > 西からの逆風吹けばその雨は分水嶺の東にゆかむ 
(重陽)
(420 1501)

1835 > 分水嶺の熊笹の下の水の音ここにふたつの海が繋がる
(たまこ)
(420 1701)

1836 > 天山にあるる光は雪解なし海を恋ひたる水は激ちぬ 
(素蘭)
(420 1944)

1837 > 六甲の萌葱盛りに雨走るおいしい水になつたら会はう 
(堂島屋)
(420 2129)

1838 > したたれる濁れる水を手の平に防空壕のうるわしき春 
(重陽)
(420 2334)

1839 > 湧水の渓渡りゆく鶯の声うららかに春は闌けゆく 
(素蘭)
(421 0035)

1840 > 春は闌け想ひもたけて疲れはて音なく崩るる牡丹(ぼうたん)の花
(たまこ)
(421 0733)

1841 > 砂に書く名前はかなき春の海思ひ寄すれど波に崩るる 
(素蘭)
(421 1424)

1841 > 砂に書く名前儚き春の海寄する思ひも波と崩るる 
(素蘭)
(421 2303)

1842 > 砂像なき夏をいくつか過ごしきて懐かしき浜の甘き夜風よ 
(萌)鎌倉・材木座海岸ビーチカーニバルの復活を願って
(422 0017)

1843 > 兄弟の像は遥かに沖を見る波にもまれて戻れざりし浜 
(萌)
(422 0020)

1844 > 稲村の蹈鞴に吹きし黒砂は際殊などの因果を知るや
(重陽)
(422 0633)

1845 > 鳴門の海たぎつ潮路の渦底を見て来し海月なり失神す 
(堂島屋)
(422 1938)

1846 > ゆらゆらと海面に映る満月に海月乙女の初めての恋
(たまこ)
(422 2119)

1847 > 春満月海底にいのちの粒生れて水面をめざす揺らめきながら
(登美子)
(422 2132)

1848 > 星座もつ天球に似て青海月ゆらりゆらりと待つ五億年 
(堂島屋)
(422 2133)

1849 > 折れさうな月に抱かれし夕星(ゆふづつ)の耀ふ空に春は暮れゆく 
(素蘭)
(422 2220)

1850 > 春日野に角落としたるさを鹿の花筏より水飲める見ゆ 
(堂島屋)
(422 2340)

1851 > 志賀島神社にぎつしり納められて炎立つなるさを鹿の角
(たまこ)
(423 0600)

1852 > 仏蘭西の古城の端の館には狩を証せし鹿の角など 
〈重陽)
(423 1147)

1853 > 狩人の目となり子猫が狙ひたる黄のてふ危ふき結界を持つ
(登美子)
(423 2156)

1854 > 片栗の伏せたる面(おも)にまつはりて春の女神のみどり児遊ぶ 
(素蘭)
(423 2349)

1855 > 磨かれしロビーをかける幼子の手より離れし風船が浮く  
(重陽)
(424 0629)

1856 > カー二バルの人群れの間を抜けいでて夜空へのぼる赤い風船
(たまこ)
(424 0911)

1857 > とりどりの風船長き尾を垂れて大天蓋に受精のかたち 
(堂島屋)
(424 2221)

1858 > 風船の旅する空の秘めている限りなき青さ限りなき遠さ 
(萌)
(424 2337)

1859 > 青深き空に一閃の皓をなし遙かなる嶺鶴は越えゆく 
(素蘭)
(425 0040)

1860 > 越えたのは嶺ではなくて丘ほどのことであつたと今は思へる
(たまこ)
(425 0656)

1861 > 思ひても叶はぬことの多かりき夕焼け雲にそはと思へる 
(重陽)
(425 1843)

1862 > 沈みゆく夕陽を追って走ろうか迫り来る闇見たくないから
(登美子)
(425 2245)

1863 > 願はくは島の夕闇朱鷺色に染めたる夢のうつつならまし 
(素蘭)
(426 0019)

1864 > 江ノ島の西の高みに佇みて冨士の茜の没するを見ゆ 
(重陽)
(426 0939)

1865 > 日暮れまでに家に戻りてきつちりと羽をたたんでをかねばならぬ
(たまこ)
(426 1512)

1866 > 宮仕へ終へて戻ればたちまちに心の羽がはばたき始む
(登美子)
(426 2120)

1867 > ふと思ふ家路を急ぐ夕まぐれ 心の駅はあるのだらうか 
(素蘭)
(426 2221)

1868 > まだ降りたことのない駅 街路樹の光にふと呼ばれしような 
(萌)
(427 0015)

1869 > 錆びいろをまとひし山がたちまちに視界くまなき光る緑よ 
(重陽)
(427 0511)

1870 > 空も海も山も野面もまぶし過ぎ緑は時にわたしを泣かす
(登美子)
(427 1704)

1871 > 楢・櫟・落葉松・欅の若みどり春山讃歌はクライマックス
(たまこ)
(427 1734)

1872 > さみどりの小径たどりて月光の菩薩に見(まみ)ゆ春の名残に 
(素蘭)
(427 2235)

1873 > さみどりの光の中にゆらめきの風残しゆく銀杏の芽ぶき 
(萌)
(428 0023)

1874 > キャンパスの銀杏並木の影そよぎかつ消えかつ結ぶ恋のいく粒
(たまこ)
(428 1003)

1875 > 帰らざる日々なればこそ恋ひしかれ公孫樹並木の続くキャンパス 
(素蘭)
(428 1258)

1876 > 恋ひしとはなけれどときをり夢に立つ早苗植ゑし日麦刈りたる日
(登美子)
(428 1708)

1877 > 病室を出て盛んなる万緑に心弾みし幼き時を 
(重陽)
(428 1827)

1878 > 夕雲雀空に焦がれて焦がれ落つ五月の野辺を子らは駈けるも 
(素蘭)
(428 2234)

1879 > 雲雀から教えられたりこの空の広さに敵わぬ小賢しき知恵 
(萌)
(429 0034)

1880 > 水金地火木土天海冥と朗誦しては得意顔の子 
(重陽)
(429 0503)

1881 > 誕辰に一日遅れて娘より花の届きぬ忙しかりしと 
(しゅう)
(429 1526)

1882 > 音なくも血のつながりし子の故になにか届くも届かぬも良し 
(重陽)
(429 1907)

1883 > 我に似ると皆人言ふめり修学旅行の子が買ひくれし博多人形
(登美子)
(429 2346)

1884 > 人形の顔つきはみなどこかしら人形師のそれに似たる心地よ 
(萌)
(430 0026)

1885 > 横浜の人形の家異国より訪れてくる香りの中に 
(萌)
(430 0027)

1886 > 異国より届きし友の花便り林檎の甘き香に酔ひたりと 
(素蘭)
(430 0046)

1887 > 花便り少し送れて届きたる北国うらやむ気持ちもありて 
(萌)
(430 2328)

1888 > 雲雀から教えられたりこの空の広さに敵わぬ小賢しき知恵 
(萌)
(429 0033)

1889 > 今年こそ会ひたしと賀状に書き続け三十年余いまだ会はざる
(登美子)
(430 2332)

1890 > 転校に転校を重ねしわれなれば賀状に思ふ過ぎてこし地を 
(素蘭)
(51 0017)

1891 > 花便りありてかの地を思ひたり受験準備の厳冬の日々 
(重陽)
(51 0442)

1892 > 厳冬の予備校の帰路遠かりき同窓の友の晩き婚聞く 
(堂島屋)
(51 1844)

1893 > 公立を厭ふ風潮加速してちさき戦士ら橋渡りゆく 
(素蘭)
(52 1018)

1894 > この橋を渡れば旅の第一歩細き流れはきらめきやまず
(登美子)
(52 1644)

1895 > 赦されて落ち行く身なり近習とアサッシンとはただ紙一重 
(堂島屋)
(52 1823)

1896 > 「時は今 天が下しる皐月かな」白く煙れる雨は光秀
(たまこ)
(52 1923)

1897 > Now or Never 明日たつといふ君の瞳をかくまもらへば苦しかりけり
(堂島屋)
(52 2052)

1898 > 言の葉のひとつ惜しむにあらねどもわが咎を知り秘めしことども 
(素蘭)
(53 0040)

1899 > おとといが峠だったの言の葉を信じて友は病克せり 
(重陽)
(53 0532)

1900 > あの頃にこの治療法ありせばと夭折せし娘(こ)を母は嘆きぬ 
(素蘭)
(53 1546)