桃李歌壇  目次

生きるとは

連作和歌 百韻

1901 > 生きるとはかく歩むこと物云はぬ君車椅子にて教へ給ひき  
(紀)
(53 1800)

1902 > ゆっくりと歩けばいいのよ追い越してゆく者はゆけ君の歩幅で
(登美子)
(53 2312)

1903 > めのまへの青き芽吹きのあまたなるゆるりあゆみて語りかけばや 
(重陽)
(54 0911)

1904 > あをやかに欅並木は匂ひたちはつ夏の歌奏でゆく風 (素蘭)
(54 1110)

1905 > 蕪村展帰るさ初夏の噴水をよぎれば親子親子ざざめく 
(堂島屋)
(54 2039)

1906 > 毛馬堤三々五々五々は黄とたんぽぽ踏みて蕪村歩めり 
(素蘭)
(54 2253)

1907 > ながむれば鳥わたりゆく京の空なほに見ゆれどみな筋違に 
(重陽)
(55 0543)

1908 > ながむれば朧に消(け)ぬる夜半の月なほも見つれど雫こぼるる 
(素蘭)
(56 0018)

1909 > いにしへの民が残せる天体図謎と夢とを未来につなぐ
(登美子)
(56 0613)

1910 > いにしへのもののふの道たどりては孫とかたりし昔々を 
(重陽)
(56 0909)

1911 > いにしへの京の都の陰陽師酔ふにはあらず反陪とこそ 
(堂島屋)
(56 1926)

1912 > 古き家の梁(うつばり)の塵払ふてふ秘めし想ひはせうこともなく 
(紀)
(56 2131)

1913 > 古き家の軒に絡める山藤の花紫に秘めし想ひ出 
(素蘭)
(57 0013)

1914 > 藤房の清らかに咲く山すそに半ば打ち捨てられし古寺 
(萌)
(57 0037)

1915 > いにしへはおほ寺なりし山門の影を出づれば己が月影 
(重陽)
(57 0515)

1916 > 「ターミナル」を「テルミー」などと読みちがへ欅若葉の影にまちをり
(たまこ)
(57 1158)

1917 > 新宿の夜行のホームにザック負ひ若者列なすその一人なりし
(登美子)
(57 1856)

1918 > 埃くさき夜行列車に甲子園球児もろとも乗りしことなど 
(堂島屋)
(57 2118)

1919 > 手荷物は等身大の縫ひぐるみロイヤルバレエの少女機上に 
(素蘭)
(57 2154)

1920 > ひだり手に成田空港見下ろせば玩具のような機々犇めきて 
(重陽)
(58 0450)

1921 > 留守番のハッピーホリデイあか錆びしブリキのおもちゃの金魚のきもち
(たまこ)
(58 1932)

1922 > 錆びついた心の奥を取り出して拭ってみたい雨の休日
(登美子)
(58 2312)

1923 > 連休のモード切り替え戦場の入り口となる通勤電車 
(萌)
(59 0010)

1924 > 東塔の凛と聳ゆる薬師寺に洗はれてゐる雨の休日 
(素蘭
) (59 0028)

1925 > うつし世の聳ゆるものの朧たりめぐりくるらし春をかぞへむ
(重陽)
(59 0740)

1926 > うつし世の哀しみすべて翠黛の山に預けて大原の里
(登美子)
(59 2326)

1927 > うつし世の哀しみ己(おの)がうちなれば透きたる玻璃の色を愛でたる 
(素蘭)
(510 0049)

1928 > ゆく春のアンテナわたる朝なさな鳴くうぐいすの哀しくもあり 
(重陽)
(510 0522)

1929 > 鶯は俳句短歌は四十雀面白かりし投稿の歌 
(しゅう)
(510 0909)

1930 > 山鳩は胸で鳴くらしほうほうとひと声ごとに胸ふくらます
(たまこ)
(510 1611)

1931 > 七色に光りて弾む鳩の胸いかなる夢か詰めて膨らむ 
(堂島屋)
(510 2059)

1932 > 縁側から空へ飛びたちその先の途切るる夢を何回も見き
(たまこ)
(510 2129)

1933 > 空色の種子を集めてゆるやかに丘の青さと溶け合いている 
(萌)
(511 0002)

1934 > 若草の丘にのぼりて見晴るかす海と空との溶けあふところ 
(素蘭)
(511 0044)

1935 > 天窓ゆさす月光と玻璃に盛るマルメロの黄の溶けあふやうな
(たまこ)
(511 1019)

1936 > 春風に淡紅色のアンランジュ月に香りて熟しゆくなり 
(重陽)
(511 1131)

1937 > 月光の照らす横顔つくづくと惑乱きざす春の宵かな 
(堂島屋)
(511 1247)

1938 > 新参のホームレスなるか横顔の鼻梁高きが心惑はす 
(素蘭)
(511 2033)

1939 > 荒野ゆく惑ひの王よ欲したのはたったひとつの愛だったのに
(登美子)
(511 2113)

1940 > こののちも愛にみたされてゐるだろう爪に小さな星も生(あ)れたり
(たまこ)
(512 1159)

1941 > オリオンの闇に星生れ蝋梅の花は大気に香を放つなり  
(羊羹)
(512 2346)

1942 > 生(あ)れかはる星は宇宙の真闇より幾億年後の便り届けむ 
(素蘭)
(513 0010)

1943 > 立錐にひしめく星に無限をば思ひ明かせし青春ありき 
(重陽)
(513 0455)

1944 > 果てもなき宇宙に生れつぐ星たちの光ほのかに真闇を満たす
(登美子)
(513 0614)

1945 > 遥かなる大爆裂の余響なほ生きとし生けるものぬちにあり 
(堂島屋)
(513 1700)

1946 > 開闢の初めにありとふビッグバン 神を信じぬきみ説きたまふ 
(素蘭)
(514 0009)

1947 > ビッグバンもすなはち謎なり人智には計れぬものがたしかにあれども
(登美子) (514 0754)

1948 > 藝術は爆発なるやポップコーン鍋に蓋あり吾に身体あり 
(羊羹)
(514 1040)

1949 > 藝術は水でありしとこんこんと身内を巡る水音を聞く 
(しゅう)
(514 1518)

1950 > 一本のわれは水管かき氷のレモンが喉より身内へ下る
(たまこ)
(514 1643)

1951 > 炎天のアイスクリンの幟より龍馬仰ぎし桂濱かな 
(堂島屋)
(514 1746)

1952 > 外洋のうねり寄せくる桂濱像となりても南溟を見む 
(素蘭)
(514 2327)

1953 > 新しき道を示して消えゆきしをのこは今も南溟見つむ
(登美子) (515 0613)

1954 > 「自我の詩」をかかげし男(を)の子鉄幹のやがて失速めきゆくあはれ
(たまこ)
(515 1836)

1955 > 自我を保ちゆくことのまたむつかしき街かどの誘惑多き五月に 
(萌)
(515 2353)

1956 > 星の詩思えば揺れるそこここに星のぶらんこ銀河公園 
(萌)
(515 2354)

1957 > そのかみの音楽機関車展示され銀河公園綿虫の群れ 
(萌)
(515 2356)

1958 > 太陽電池負へるかささぎ光年の橋こそ渡せ乳いろの河 
(堂島屋)
(516 1224)

1959 > ミルキーウエイの煙る夜なり本棚の「よだかの星」を抜きだして読む
(たまこ)
(516 2228)

1960 > 隣室の物音に起き覗き見る 熊が林檎を食べし途中と 
(萌) むかし話ではなく、新聞のニュースにあった実話です。
(516 2329)

1961 > やすらげば青き林檎の香りして水無月に向くカフェの窓ぎわ 
(萌)
(516 2331)

1962 > 青林檎さびしき人のこころもて置かれし部屋のかをりすがしく 
(素蘭)
(517 0050)

1963 > 花みかん香ればおもふふるさとの真闇の底に覚めゐたる夜を
(登美子)
(517 0613)

1964 > ゆるやかに日田彦線を走らせて風光る野がきみのふるさと
(たまこ)
(517 1804)

1965 > 閉園となりて久しき幼稚園 妻の遊びしプールひび割れ 
(堂島屋)
(517 1807)

1966 > 閉館となりて久しきシアターに通ひつめたる日々なつかしき 
(素蘭)
(517 2012)

1967 > 初めて観し映画は「ピノキオ」若き父に幼きわれは肩車され
(たまこ)
(517 2119)

1968 > 歯車に五月の日ざしあざやかに当たれば青き工員服よ 
(萌)
(517 2344)

1969 > 若葉風吹き渡るらんまほろばの大和にまだ見ぬ友われを待つ
(登美子)
(518 0647)

1970 > 春はまた巡つてくるしそよ風を感じる力ものこつてゐるし
(たまこ)
(518 0858)

1971 > むらさきの衣の裾をひくように花鉄線はそよ風の中   
(重陽)
(518 1436)

1972 > くれまちす・あやめ・おだまき・あぢさゐのむらさき匂ふはつ夏の苑 
(素蘭)
(519 0105)

1973 > 朝日影もろ手に包むかたちして芍薬咲けりその白を愛づ
(登美子)
(519 1631)

1974 > ひっそりと葉かげに白き柚子の花しかと香りて秋を凌げり
(重陽)
(519 1814)

1975 > 白薔薇夕くれなゐに染まりつつ吐息のごとく花を散らせり 
(素蘭)
(519 1839)

1976 > カーテンを揺らす吐息のやうな風窓辺にねこがとろとろ眠り
(たまこ)
(520 0616)

1977 > こがねづく麦の穂揺らし風わたる初夏の空スピカ麗し 
(素蘭)
(520 2219)

1978 > 乙女座の星のひとつになるための訓練をするひと世をかけて
(萌)
(521 0004)

1979 > 禅刹の門をゆきかふ作務の蟻来む世に何の身とやなるべき 
(堂島屋)
(521 1219)

1980 > 六道を見しとふ女院ゆかりなる大原の里に何思ふべし 
(素蘭)
(522 0011)

1981 > その眼には時空超えたる闇映し猫しなやかに地に下り立てり
(登美子) (522 2003)

1981 > 来む世には何になりたい家猫か天窓をよぎる鳥を見あげて
(たまこ)
(522 1702)

1983 > 配達の合い間に停めしクロネコのトラックにもぐり込みたる子猫 
(萌)
(522 2350)

1984 > しなやかに地に下りたちぬ猫族はネットに購ふ本携えて 
(素蘭)
(523 0024)

1985 > いぬねこを好きになれぬはトラウマか玩具ごときも吾を避けゆく 
(重陽)
(523 0741)

1986 > あれは五月 ハチ公広場で待ち合はせサンテグジュペリ語り合ひにき
(たまこ)
(523 1907)

1987 > 窓の外の緑の深さに慰めを感じていたり梅雨の走りに 
(萌)
(523 2356)

1988 > 褐色のサハラ砂漠に咲ける薔薇 砂漠の薔薇に心慰む 
(素蘭)
(524 0029)

1989 > きみとわれの遠させつなしこの夜も薔薇星雲が空に浮かんで
(たまこ)
(524 1237)

1990 > 星を欲る艦長がゐて赤道に緊急浮上せしノーチラス 
(堂島屋)
(524 1806)

1991 > またひとり冒険家死すかの人もジュール・ヴェルヌを読みたる世代 
(素蘭)
(524 2327)

1992 > 泣きながら幼が走る買物に出た母追って小さな冒険
(登美子)
(525 0644)

1993 > 風寒き日の暮れかたの留守番のわれ飼ひ犬を抱きてをりぬ 
(堂島屋)
(525 1142)

1994 > 暮れかたの梅雨をきざせし急坂を何買ふと無くコンビニへゆく  
(重陽)
(525 1552)

1995 > ぬばたまの夜をあかあか灯しつつコンビニは今し空へ発つ船
(たまこ)
(525 1811)

1996 > ぬばたまの夜をあかあかと電脳の海に溺るる漂流者あり 
(素蘭)
(525 2209)

1997 > 桐の花の匂ひ流るるかはたれは流離人になりたい心
(たまこ)
(526 1311)

1998 > 高みより梧桐の淡き花の雲ここは異国ぞ北京郊外 
(重陽)
(526 1608)

1999 > ときに異国のようなときめき感じたる表参道のオープンカフェ 
(萌)
(526 1945)

2000 > つかの間のエトランゼなり帆船の行き交ふ海に思ひ馳せれば 
(素蘭)
(527 0047)