桃李歌壇  目次

くれなゐの海

連作和歌 百韻

2701 > まみるるはなにゆゑさくるすべもなきくれなゐの海わたくしをつつむ 
(素蘭)
(13 0024)

2702 > 紅の鶏冠に見入る絵師ひとり 人恋知らずは淋しからずや 
(ギオ)
(13 2015)

2703 > その絵師に惚れ込むアメリカ人のゐてああ瞠目の動植綵絵(どうしょくさいえ)
(しゅう) 
(13 2242)

2704 > 若冲の翼そびらに生ほすがに太鼓打ちてむ鼓動はやまず 
(素蘭)
(14 0051)

2705 > 暁闇の神の社の真清水は大地の息吹のごとく鼓動す
(登美子)
(14 1551)

2706 > 伊吹山荒ぶる神は白き猪となりて猛りぬ雪降りやまぬ 
(素蘭)
(15 0046)

2707 > 漂泊の神はいづこに窶すらむ 風雪に散る徒花なるか 
(ギオ)
(15 0111)

2708 > 初富士の白虎のごとき存生に天動くやに思ひたりけり
(重陽)
(15 0549)

2709 > 志摩の果て安乗の沖の冬潮の天に寄り添ふまで深きあを
(登美子)
(15 1622)

2710 > いまだ見ぬ神を思へり群青の宙に皓なす鶴の渡りに 
(素蘭)
(16 0036)

2711 > 音もなく移る星辰願はくはUFOなどのあらはれよかし
(登美子)
(16 2321)

2712 > 隈取りのシスあらはるる宇宙戦黒沢映画の栄華しのばゆ 
(素蘭)
(17 2359)

2713 > 少年はスターウォーズを夢みるもうつつの戦に子らは殺さる
(ギオ)
(18 0150)

2714 > うなゐ髪揺らし駆け来るをさなごの昼寝の夢にも影ささずあれ
(登美子)
(18 1900)

2715 > をさな子が夢に戦ふ怪獣は父たる我と知れば悲しも
(ギオ)
(19 0017)

2716 > 南洋に怪獣あらはれやすしとふ猛獣ならば身ぬちにゐるが 
(素蘭)
(19 0103)

2717 > わがうちに住まふ小鬼の御しがたく時にたはぶれにくきわざなす
(登美子)
(19 1958)

2718 > 泣く鬼も笑ふ鬼も住む鬼ヶ島 攻めたき敵ゆゑ鬼とやいはん
(ギオ)
(110 0000)

2719 > 託言おほき身を赦さざる赦文鬼界ヶ島に僧都果てにき 
(素蘭)
(110 0035)

2720 > あの旅を思ひてみれは夏の日のモンサンミッシェル干潟にありき 
(重陽)
(110 0833)

2721 > ミカエルの城のめぐりのあやにしき砂地に行きてたれかは帰らぬ 
(素蘭)
(111 0135)

2722 > 砂に描くお城は崩れてしまうこと幼いころから知っていたけど
(登美子)
(111 0626)

2723 > 砂糖菓子のこはるる刹那はらほろと零るる夢をたれか見ざりき 
(素蘭)
(111 2314)

2724 > 悲しみの器流れて砂に帰す 父と子の旅いつかは果てむ
(ギオ)
(112 0142)

2725 > 悦びも悲しいときも流れ逝くたれにも同じ時の移ろひ  
(しゅう)
(112 1641)

2726 > 〈喜びも悲しみも幾歳月〉をふりほだしとはきづなならむか 
(素蘭)
(112 2320)

2727 > 喜びの時は疾く過ぐつかの間に憂きこと時は沼に澱めり 
(重陽)
(113 0539)

2728 > 開発の進むふるさと一角に古き小さき沼は残れり
(登美子)
(114 0836)

2729 > ふるさとは旧る里にして経る里か思へば幾地めぐり来ぬらむ 
(素蘭)
(114 2222)

2730 > ふるさとは帰るに遠く父なきも母いますゆゑふるさと恋しき
(ギオ)
(115 0110)

2731 > いつにても二千歩ほどを歩みゆく絵島を指呼の浜や愛しき 
(重陽)
(115 0531)

2732 > 山靴の一歩一歩は確実にわれを高みへ導いてゆく
(登美子)
(115 2006)

2733 > 美しき富士の体もいつの日かマグマに爛れて朽ち果つるとは
(ギオ)
(116 0023)

2734 > ポンペイのかの一日を思へ繁栄のつひえるときは瞬時にやあらぬ 
(素蘭)
(116 0103)

2735 > まほろばのやまとの国に宮柱太しく立てし宮跡ぞこれ
(登美子)
(116 1630)

2736 > 森ふかき国のまほらに愁ひつつかくれんぼの鬼うたとたはむる 
(素蘭)
(117 0054)

2737 > 森ふかく苦悶にぬたうつケイロンよ 不死とは永久の苦痛の謂ぞ
(ギオ)
(117 0154)

2738 > 不死願ふ王あり不死の罰を得し男あり死は救ひか虚無か
(登美子)
(117 2045)

2739 > 倦怠のなかですべてが始まると夕陽見つらむひとのありしか 
(素蘭)
(118 0058)

2740 > 西山の頂に立つ鉄塔が日の入るときにあきらかに見ゆ
(登美子)
(118 2327)

2741 > とほきよりまよひ来にけるひとひらの雪くちづけて水に還さむ 
(素蘭)
(119 0013)

2742 > 青年はめざすものなく雪の降る温泉宿に骨ひゞかする
(ギオ)
(119 0037)

2743 > 半島の東の稜のV字から冬日一閃なべて始まる 
(重陽)
(119 1026)

2744 > うす桃に明るむ雪に足跡をひとつらとどめ去りし人はも 
(堂島屋)
(120 1241)

2745 > さりげなく歴史の跡を片隅に記して京の露地に雪積む
(登美子)
(120 2226)

2746 > いくたびも雪の深さを尋ねける立つことかたきひとの習ひに 
(素蘭)
(120 2326)

2747 > 河口から遠く離れし石狩の厳しき冬に雪晴をゆく
(重陽)
(121 0630)

2748 > 厳冬のマッキンレーの岩稜に大きく手を振り冒険家は消ゆ
(登美子)
(121 2150)

2749 > 太陽に向かふて墜ちしイカロスの父の嘆きを知るや冒険者
(ギオ)
(122 0225)

2750 > 二十億光年めぐる法則としてニュートンの林檎落つるや 
(素蘭)
(122 1937)

2751 > 九十年の人生語らず信濃なる伯母は林檎の実るころ逝きぬ
(登美子)
(122 2316)

2752 > 入院を重ね萎えゆく老妻をいま助けなと卆寿の父は 
(重陽)
(123 0516)

2753 > 車椅子の膝に毛布を掛けやりて語らひながら行く老夫婦
(登美子)
(123 2317)

2754 > 日脚のぶ電車に語りまどろみて寄り添ふ老いを安けくも見つ 
(素蘭)
(126 0110)

2755 > 雪雲の真っ正面から昇る日のあかね色増す春近みかも
(登美子)
(126 0634)

2756 > あかねさす紫草の生ふといふ武蔵野あはに雪や降りける 
(素蘭)
(127 0039)

2757 > 冬至よりひと月余り過ぎしいま日の出の位置は北に目映き 
(重陽) (127 0519)

2758 > 北国に異才あらはれ胸底の雪の炎を燃やしをはんぬ
(登美子)
(127 1615)

2759 > 永訣のいろとふふみし白雪は蒼鉛色の天のmannaとぞ 
(堂島屋)
(127 1930)

2760 > みちのくの七つ森とやしらじらと雪月ありぬ汽車は旋りぬ 
(素蘭)
(128 0046)

2761 > 夜行列車の振動に身をゆだねをり明けなば君が住む町を見む
(登美子)
(128 2002)

2762 > くらき玻璃にしづもれるものひとりみて自由軌道をかける汽車はも 
(素蘭)
(129 0046)

2763 > 夕焼けを追ふやうにゆく飛行機は冬空をゆく光る物体 
(重陽)
(129 0647)

2764 > わが身よりあくがれいづる魂あらば目覚めしむべし虚空(みそら)の風花
(登美子)
(129 1952)

2765 > きさらぎの望月の花たが願ふけふ望月のすみすみてゆく 
(素蘭)
(130 0109)

2766 > 北風に抗ひて飛ぶ冬の蝶花咲く春を待たで果てぬる
(登美子)
(130 2152)

2767 > 凍蝶の翅ゆるやかに上下して凍れる時間の砕くる 微音
(ギオ)
(131 0030)

2768 > おのが夢たたみて眠る冬の蝶翅ふるはするはつかなる音 
(素蘭)
(131 0052)

2769 > 里山の落葉かそけく踏みゆきてひとすじ細き流れに出会ふ
(登美子)
(131 1838)

2770 > 時としてこの詩のようにさし示すこころにひそむ何かに出会う
(重陽) (131 2122)

2771 > ゆくりなく悲しきこころ知りしとき添ひにき歌を忘れやはする 
(素蘭)
(21 0024)

2772 > 悲しびはたとへば三月鴨池の鴨の渡りぞ また常の朝
(ギオ)
(21 0144)

2773 > 哀しみはたとへば樹液ねつとりとまとはりついて透きとほるもの 
(素蘭)
(21 1856)

2774 > コルク質すべて削がれし大幹はまばゆきまでに白く光りぬ 
(重陽)
(22 0530)

2775 > とりどりの象を択りて雲流れまばゆきまでのきさらぎの空 
(素蘭)
(23 0055)

2776 > たゆみなき雲のうつろひそれよりも万華鏡なすわが心かな
(登美子)
(23 0608)

2777 > 紅梅のうつろふさまを背にして今目覚めんと白き梅が枝 
(重陽)
(23 0657)

2778 > 伝説は濃きくれなゐのかたちして崑崙黒とふ椿はありぬ 
(素蘭)
(24 1838)

2779 > 伝説の大陸いづこの海底に眠るや人智の挑戦待ちて
(登美子)
(24 2310)

2780 > 地球とふ宇宙のオアシスありけりと星の旅人伝へて語れ
(ギオ)
(25 0012)

2781 > タトゥインとふ砂の惑星辺境ははぐれものゆゑオアシスならむ 
(素蘭)
(25 0129)

2782 > わが園にひととき憩へ凍蝶の羽を伸ぶべき春は来にけり
(登美子)
(25 1649)

2783 > メドゥーサの髪のごとくに金縷梅の花ねぢひろごりて春や来つらん
(ギオ)
(26 0020)

2784 > なにげなしまろくなりける空の色重きコートを脱ぎにけるかも 
(素蘭)
(26 0023)

2785 > 紅梅の色のさめゆく理に朝な朝なの時を惜しめり 
(重陽)
(26 0732)

2786 > セピア色の写真一葉忍ばせぬ会はで別れしひとのかたみに
(登美子)
(26 2027)

2787 > セピア色水色薔薇色思ひ出をたとふる色はさまざまなれど 
(素蘭)
(27 0004)

2788 > 日溜りでいかでか鳥の昵むるは紅いならぬまだき梅が枝 
(重陽)
(27 0816)

2789 > 恒河沙の星のひとつぶ身ぬちより紅蓮の炎噴きて砕けぬ
(登美子)
(27 2013)

2790 > 手にとれば死にがほ美し落椿 花の形で腐ゆるぞあはれ
(ギオ)
(27 2235)

2791 > 海石榴市(つばいち)の八十の衢のかしましく水さすものぞ歌垣あはれ 
(素蘭)
(27 2314)

2792 > たらちねの母が呼ぶ名は秘め置きて歌垣の輪にたちまぎれをり
(登美子)
(29 0627)

2793 > たらちねとたらちめたらちをたらればの小言おほしき昔しのばゆ 
(素蘭)
(210 0116)

2794 > 平安の都といふも厳冬は民草凍れり 母こそ堪へめ
(ギオ)
(210 0207)

2795 > ぬるむ日の二三日ありて冴え返りまた冴え返りつつ春ならむ 
(重陽)
(211 0610)

2796 > 果てもなき空の青鈍過飽和を告ぐるや春の霙降りける 
(素蘭)
(211 1337)

2797 > メビウスの帯幾度も行き戻り青春といふ霧のただなか
(登美子)
(212 1640)

2798 > クラインの壺のごとかる日常のえうなきものとたはむれしころ 
(素蘭)
(213 0105)

2799 > 春なれや シュレディンガーの猫たちは量子論的恋をやせむ
(ギオ)
(213 0149)

2800 > 春の闇狂ほしければ金色のひとみひたひた恋猫奔る
(登美子)
(213 2018)