桃李歌壇  

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1. 祈り

ひとしおのことほぎをまづ人の子の我れにしあれば君の先想う

十年の年月の中に埋没す吾が歌人の魂(たま)も心も

老いぬれば魂も心もなかりけり歩まぬ道を歩むと思いて

せわしきと吾が胸ぬちに言い聞かせ何にいそぐか知らず道来つ

わが魂の心の隅にひた燃えてじっと自分を見つめるごとし

たまさかに君の未来を祈り居てつと若き日に呼吸する知る

若人は嗤い去るべし老い人を蹴り捨てにして歩み出よ今

寂しみを手のうちにして握り居ん旅立つ人の心忘れず

形なぞ何もなき身と知れよかしあるはかすかにともる裡(うち)の灯

やよ記憶したまえ今を三月の風の匂いと人の祈りを

梅の花咲きて散りゆく沈丁花匂いくゆりぬときはうつくし

                   *               *

我れなぞと思う心に嗤われて去りがてにゆく君を押しもとどめず

二十年(はたとせ)の風と光と。胸ぬちに口触りているかなしき心

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