風やまず木々は光の触手もてはふるる我れを誘(いざな)いに来る 君のためならざりしことすまじきと文を読みては考えている ひとり道ゆくがよからん人は誰もさびしきものを胸にひめつつ 定期試験の監督をしながら椅子に座っていると、窓の外で風に揺れる木が緑の 光を投げてよこす、ゆったりと脈打つように。もう何日も嘘のように涼しい日が 続いているが、この緑の光は夏の到来が間近いことを感じさせる。我にかえって 自分が試験監督であることを思い出す。鉛筆の音が心地よい。私は夢見るような 心持ちになって、もう一度窓の外の木に目をこらす。ふわっと抱かれるような無 重力を魂に感じて、そのまま身を委ねたくなる。間断なく鉛筆の音がする。もう 監督なんかどうでもよくなってしまって、うっとりした目で雲の奥を見つめてい たりする。そういえば、子供の頃、地面にごろっと寝転がって、雲の奥をよく見 た。そこには絶対別の世界があるのだと信じていた。だって、確かにそれが見え るのだから。そこに私は入って行けそうに思えるのだから。 いつまでも雲の世界に遊びなんわが幼年のまことの心 ビー玉を陽に透かし見る心地かな今は身体を委ねていたし * * いつかしら朝の光に包まれぬ君に出す文綴りてあれば 「未完成」聴きながら書く学生の頃の純粋抱かんがため もしも君今来たりなばいかにせん手紙のごとく語りつべきか 会いたしと思う心と会うまじと思う心とさだめかねつも あらためて何を語らん口無しか君をし見れば道化のごとし 懊悩の五月は去りて六月の夢のひそめる街に出でたり うつくしき人の心よ日曜の街歩きつつ思い馳せつも 陰に添い目守り果てんと思い切りあつき真昼にあつき道ゆく ひたぶるに歩いてゆかんひたぶるに歩けば心晴れもやせんと 店に売るものうつくしき奈良漬けも鮭の切り身も山椒の実も 笛鼓ありて時間のとまりけり吾れが想いも今凝固する 面影の幽玄につと添いて見し心地のするがあやしかりける * * ほろほろと人の子は歌う愚かなる時もかなしき時もいつでも |