寂しいかな…何もかもがなくなっていることの検証あの野も道も せめてひとつ自分の原点探すためふるさとの町をひねもす歩く ひとつずつ自分の過去を検証しわが身を裁く調書を作る 小学校時代の自分の足跡を探すために、東福寺から伏見稲荷の周辺を歩いてみ た。どこもかしこも舗装され、糞ころがしを追いかけた道も、スカンポの生えて いた土手も、ワラビやゼンマイを採った野も、すっかり変わってしまっていた。 風にひゅうひゅう吹かれながら駆け回った広い荒れ野が消滅していたのは、心底 悲しかった、栗を拾った谷、日時計を作った野原。 それでも、あるはずがないと思っていた田んぼが、ふいに目の前に現れたとき は、嬉しいとか懐かしいとか、そんな気持ちより不思議な気持ちのほうが強かっ た。三十年近くも前に、確かに私はそこに存在し、ヤゴをとったりタガメをとっ たりしたのだ。 あったあったやっと見つけたこの田んぼタガメをとった秘密の田んぼ * * 鮮やかに赤く燃え立つ木を追ってずっと歩いた中学の秋 愛はついに遠ざかるもの夕暮れの海の響きにもうわかってた 木犀のかなしい香りに誘われて中庭をゆく君を夢みる 放課後の教室にありてギター弾く、時の遊子の後ろ姿よ このお茶は舞台の袖で飲んでね…と、甦る君とポットの重み 恋をして初めて君と帰った日、同じ道を木犀とゆく 仁清の壺を愛する心根のせつない思い忘れたくない 寂しさも胸に染み入るせつなさも淡くいとしい一九七八(ななじゅうはち)年 なぜだろう、もう二十年以上も美しく紅葉した木を見たことがない。特別な木 じゃない、町中にいくらでもある広葉樹だ。燃えるような赤に染まった木の映像 が心の中にあって、いつまでも消えない。 高校二年の修学旅行はつらい旅だった、四年間思い続けた女の子を忘れようと していた。六日間食事がまったく喉を通らなかった、そしてそれが自分の誠実だ った。四日目の晩、友人のSとホテルを抜け出して喫茶店に行った。暗く沈んで いる私を見かねて声をかけてくれたのだと思う。でも真っ暗な夜道を歩いて辿り ついた喫茶店は他に客もなくて、店主までもが珈琲を出すと、すっと中に入って しまう、そんな店だった。僕らは何だかいたたまれなくなって、代金をカウンタ ーに置くと店を出た。ホテルへの道を歩きながら、Sは言った、「俺、あのお金、 まだあのまま置いてあるような気がする、なんかすっごく寂しいよ」忘れるため の旅だった、でもきっと忘れられないだろうとわかっていた。 ――風はいつも曠野を吹き抜けてゆく―― 私は今もあの娘の夢を見る、どんなに変わってしまったろう、どんなに老いたこ とだろう。あの頃から、もうわかっていたのだ、自分が求めているもの、それが いつもいつもごく身近にあったこと、そしてとびきり寂しいものだということを。 「会いたい」と言ってみたくていつまでも受話器に視線落とし続ける いつだって愛は伸ばした指先のちょっと向こうをかすめて過ぎる いつもうんと寂しいものを追いかけて傷つけてゆくやさしい心 せめてせめてひとつの光になるように、永久に許しは要りませんから * * ひとしきり過去の調書を書き終えて残ったひとつの気がかりを思(も)う 今僕はいったいどこにいるんだろう遠い宇宙の片隅(すみ)に歌いて もう何もとまらないからもう何も戻らないからそのままの僕 |