桃李歌壇

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10. 独行

白らかに霞みわたりて山も街もわが魂のごとしづんでいたり

草も木も五月の光染み込みてあおあお繁る吾れは泣きなむ

生きていることの証(あかし)が欲しくなりひそかに胸に手をあててみる

さびしさに下唇をぎゅっと噛むおのれの一歩あまり小さくて

今更に見まじきものを見る上はわが身の行く手思い知れかし

「悲しみはいつもいつでもすぐにやってくるから」ひねもす口づさみたり

知らぬ町歩くよろこび人々の営みの中禊(みそ)がれてゆく

道行けば町に鐘鳴る美しき心抱きて歩かんと思う

川風に吹かれておれば身のうちのすべて流れて消えゆくごとし

ことさらに食べながら行く無作法をあえてしたるが嬉しかりけり

恥づかしと思う心もなかりけり町のやさしさ染み居てあれば

人の居ぬ駅のホームで歌うたうふいのアカシヤかなしかりけり

いつまでも口ずさみ居てもろともに鳥も歌えば人をし思う

いづくより人の声する幻想のおのが実感渦巻きていぬ

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