桃李歌壇

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13. リセット

十八年時は戻りてうつくしき心のままに博物館へ

あの時は展示ガラスに映る君見つめたりしを、ふと甦る

仁清も乾山もなく光琳もなけれど確(しか)とあの日に生きる

この場所か、十八年の過ぎにしを思い迫りて立ち去りかねつ

昔日に思いは飛べばそのままに家に帰れず街に出でたり

行く人がみなすさまじく見える日は雨降る音もさびしかりけり

薄闇の迫る道ゆき精神の滅びゆく音聞こゆる怖し

今もなおこの人生に悔いありてリセットしたく思いつめたり

身も魂も老いさらばえて生くるなり、人よすべてを忘れよ我れを

逝にし子の命日忘れはふれたる非情の父を恨め吾が子よ

いつとても心のさわぐ時あれば歌いてしがな瞳澄むまで

雨やみてなぜかうれしきはつはつに心やわらぎ白き空見る

目の前に大きなダンプあるがごと我が人生の透かぬ心よ

沈(じん)のごとポプラ香りぬ自らの身の豊かさよその真実よ

雨の日にクラリネットの音のして去にし昔を思ほゆるかも

いつまでも春の雨降る鳥はゆき蛙も鳴きて我が心鳴る

まぼろしかいともまばゆき汝(なれ)の身をふいに思うぞかなしかりける

力なく道を歩けば木の先端(さき)のいのちの炎染み入る痛し

生きることつらくなりぬるあやしくも今日までふとも思わざりしが

山白くかすみてあればわがいのち消え入るがよし安らかならん

生きていることの証をもとむるに生きていることあえかになりぬ

人は身の自由を求む精神の自由を求むされば生きにくし

わが後の人生思う君よ聞けいのち懸くれどさびしかりなん

風吹けば風の心が悲しくておのが芯なく揺れてゆくらん

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