桃李歌壇

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15. 大津行

はた何を思いながらの祈念ぞや寂しき時は過ぎぬるものを

ある限り皆の仏が吾れを見て支え給うか心落ち居ぬ

この仏我れを見給う目のやさしいかなることぞ罪は去りしか

御仏のやさしき瞳胸に染む今安らかに我が道を行く

御仏に取り囲まれて歌を詠む落ち居たれどもまことは寂し

人気なき寺の廊下に座り居て今の気持を確かめている

あら尊と光渡れる空よりも輝く雨の降りて来たりぬ

一杯(ひとつき)の珈琲(カフェ)もとめて心地よく大津の町をたづねて歩く

坂道を電車下りぬふと見れば尊き雨の音なく降りぬ

下りゆく列車の見える喫茶室歌詠む吾れにやさしきところ


 仏像展があると知って、大津を訪れる。その博物館は小高い丘の上にあって、
湖をはさんで三上山の望める気持ちのいい所だった。朝なのでほとんど誰もいな
い展示室で、古い仏像を見る。昨日から少し感じていた、そしてさっき長等神社
を訪れた時にも感じた不思議な心の平安を、この仏を見るときにも感じた。先日
宮津の寺で覚えた畏れのような気持ちではなかった。何が変わったのだろう、何
だか不思議な気分だ。やさしい仏の目を見る、ふいに自分もやさしい目をして、
自然に戻っているような、落ち着いた心持ちになっていることに気づく。しかし、
これは恐らく、ほんの一時なのだ。暗い陰のようなものは、必ずすぐに自分を襲
ってくる、それが自分でわかっている。
 時折雨が降って、五月の末とは思えぬ寒さだ。寺で見ても、琵琶湖に向かう坂
道にある喫茶店の窓から見ても、斜めに降る五月の雨は尊く思えた。


御井寺というなるいのち育める赤き実みのる山桜かな

湖に面する町を見下ろして何かかなしくなりにけるかも

ふと耳をすませば町の生活(なりわい)の響き聞こゆる心せつなく

義仲も芭蕉もありき年月の久遠の中に我れは生かさる

さびしきは心病んでもかけめぐる枯れ野の夢とかえらぬ思い

雲重く垂れこめ街路樹の梢鴇(あか)にしみじみうつくしきかも

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