桃李歌壇

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4. さびしみ

いつかしら傷ついている心なり曇れる空の下に憩いて

何もかもうっちゃってすぐ走り出し風の匂いをきいてゆきたし

雨はやみぬ光こもれる雲ぬちに我れの心もしづまりていぬ

遠山に低く雲垂る細々と風吹きゆけり君のおもかげ

つれづれに君に語りし真夜中の空気の匂い確かめてみる

何も何も思わずに済む世にゆきてひとつのことを信じていたし

そっと自分の大切なもの確かめる風が流れて心騒ぐ日


 ざわざわと心の騒ぐ時、神は皮肉にも私をもう一度繁多の現実にひきずり戻し
た。勇気を奮い起こして、また歩き始めたが、十年という時の長さをすぐさま思
い知らされる。昔とは違う、身を束縛するものは当たり前のように次から次へと
襲いかかり、青い志を踏みつけようとする、だから苦しくなってもがく。
 情熱は? そんなものは嘘臭い。そう呟いた時、十年自分の支えとなってきた
ものが、いともたやすく崩れ落ちる。そして、その瓦礫の中から傷ついた歌びと
の魂が甦る。ひとりこれから私はどうしよう。

懊悩の日々送りても草は茂り春は過ぎゆく生き出でんかも

また今日も心のうちに問いかける弱きおのれの芯のありかを

光満つる五月の朝は決断と勇気なきもの死に絶えよかし

生気なき実習生の授業なり山白らかにかすみたる見る

金曜の夜街に出であやしくも燈火の海に胸痛むおぼゆ

くらき道歩く、はじめの一歩見て遠くかすめる最初の一歩を

したたかに酔いて自転車こぎたれば寂しみもなお悲しみもなお

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