桃李歌壇

前頁 目次 次頁

5. ふみ

新たなる人の生活思うとき君の便りをつと見出でたり

健やかに歩むなる文蹴り捨てと自嘲すれどもうれしかりしを

人の世はかくもかなしく人の世はかくも尊し君の文見る

はなやげる春の一日に人は行き我れは思いぬ若き道ゆく

少女ひとり春を謳えり歓びと華やぎの中、我れは旅せん

ふとありて君の手紙を開きては春の息吹をいつくしみなん

君の一歩豊かなるらん足音の小さき男は恥じらいつつも

君は今いかに悩める心もていかに生くらん北の空見る

忘らるる時しなければうつくしき五月の風も寂しく匂う

ひと時の暇なき繁多なりされど君に誓いし言を忘れず

そっと宙に呟いてみる身のうちの灯りは今も滅(き)えずや否や


 まっすぐ前を向いて歩いている人から手紙をもらうということは、それだけで
嬉しいことである。しかし同時に面映くもある。私が年齢不相応に自分の価値と
意志を手探りしてもがいているときに、はるかに若いその人は着実に前を見て進
んでいるのだ、平気でいられるわけがない。
 自分というものの価値が実はそれほど大したものではないということを、私は
意地でも認めるわけにはいかない、それがたとえ否定しようのない事実であった
としても。それが私の赤心、こんな私に語りかけようとしてくれる人への赤心な
のだから。自分がどれだけ追いつめられようと、必死でもがく姿の中にはきっと
真実があるはずだから。

前頁 目次 次頁