桃李歌壇

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7. いのち

日もすがら畑に出でて土触るる罪の意識にさいなまれつつ

何ゆえの重き心ぞ、はやすでに知ってるくせに、ひとり呟く

身のうちに悪魔のごとき潜みいて我れに囁く知れる怖し

茄子の葉に露の光れる朝には人の心を思うていたし

ひりひりと心痛める想いなれば畑の中に立ちつくしたり

茄子の小果(み)を然るべく指に折り取りつ親の身のため夢育てんがため


 いのちあるものを育てているという感覚がなかったのか、十年庭で野菜を作り
ながら、こんな気持になったことはなかった。何が自分をこんなにさびしくして
いるのか、小指の先ぐらいの小さい茄子の実をもいだ時、自分の胸に痛みが走っ
た。親株を大きく育てるために、絶対しなければならないことだ。
 いのちある実をもいだからなどという偽善では決してない。ただ、自分のした
ことがさびしいことだという実感が漠然とあって、いつまでもこだわらずにいら
れなかったのである。


ひとり道歩きたくなり便箋と香をもとめて街にあくがる

さびしくて止まらず歩く、リュックより香の匂いのすこぶるかなし

何一つつかみ得ぬまま死んで行く身なりと思う我れは必ず

さびしくてさびしくてさびしくてただ香の匂いにうづもりている

君は夢を追うていたれよわが魂はいづくにありやわかぬ身なれど

そっと名を呟いてみる心なり夜の響きのこもる列車で

街の灯の流れる窓に頬つけて呟いているおのれがひとり

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