桃李歌壇

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8. 問いかけ

吾がうちに求めたるもの知りながらペダルひたこぐ五月の心

仁清の壺の彩り手にとりて失いし美への回帰を祈る

偽りの自分を知れるかなしさは泣かまほしきもそぞろに寒く

若き日の美への回帰か雲白く空にかなしみこもれる朝(あした)

あの時のこだわりいとし失いし時の記憶よ美の礼讃よ

時の間もせつなかりしを今日までもはふれてきたることのあやなさ

悶々と過ごす日多し輝ける五月の光かなしくあれば

世にあるをいとしと思える身なれば三十六の春秋(とし)もいとおし

はや急げ我れは朽ちなん今すぐにいづくなりとも逃げてゆかねば

心だに旅にしあれば歌人(うたびと)の心消えずと思いしものを

どんどんと追いつめられてわが魂(たま)のありどころなくあくがれいづる

君あれば語りつべきをおし黙るえならぬ思いに心さわぎて

時と共に去りゆくものの惜しければ同じ言の葉口ずさみたり

何かしら卑怯な我れにほっとする心もありておかしかりしも

君にしか書けぬ気がして夜もすがら胸の底いに問いかけている

ペンをもつ手に力入るいのちもて真摯に生きる人に出す文

暑き日もあつく歌わんじわじわと汗の出で来る五月の真昼

風吹きて夏の匂いに満ちたれば魂冴ゆるまで歌うたいたり

あるかぎり避らず所懐を書き連ね投函せしも悔ゆる心か

道脇に膝かかえ居る男あり同じ心かうちの我れ見る

夕べより天の怒りの激しくて吾が罪をうつあらしになりぬ

雨粒の我が額を射る束の間も神の詰りに服していたり

いにしえのかしこきノアの洪水もかくのごときか心怖れる

嵐去り寒き朝になりにけり神よ怒りをおさめ給うか

目を細め朝の山見るそよそよと冷たき風は吹きゆきにけり

竹のごと我れもありたし風にそよぐ、真直ぐにあらず青きにあらず

たまらなく寂しきものをたまらなくせつなきものを、教師の情熱?

一時間あつく授業す意の如くされどかなしき心はひとつ

たまきはるいのちのゆくえ問うべきに何を語るか我れは「教師」は

雑事去れ雨やむ朝吹く風とポプラの緑愛していたし

雲切れて青き空出づ光満ち京はみながら輝いていぬ

繁忙の一日終わりて歌人の休らう時も空をながめつ

心なく山を見つめておりたればはからず涙にじみておかし

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